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 深夜二時。  俺たちは搬送用カートに乗ってラビリンスを移動していた。  カーチャンの目を欺く為、コロニーの監視カメラにはダミーホログラムを仕込んでおいた。  今ごろ俺とユーリが交互に見張りしている映像が流れ続けているだろう。  ノロノロ移動のカートに乗り、三時間かけてようやくたどり着いた場所は、ハッカーが眠る休憩所だ。 「いるいる。フィデリオ見ろよ、テントで姿までは見えないけどイビキうるせぇな!」 「おい、ユーリ。さっさとやれよ!」 「分かってるって、うるせぇな」  ユーリはブツブツ呟きながらPCグローブを立ち上げた。  空気中に浮かぶホログラムをタッチする様はまるでピアノ奏者だ。  休憩所で眠るハッカーの作業ロボをオンラインで発見するとバックドアから侵入。  セキュリティを解除した。  これで警報機器は鳴らない。  俺らは休憩所で眠るハッカーを気にしつつ、テント横に立つ作業ロボによじ登ってバックパックを開けた。 「ふぉおおおおおおッ!」  保管されている水はザッと数えても100リットル以上。  ボトルが並ぶ様は圧巻だ。  俺は水を引き抜き、下にいるユーリにボトルを投げた。 「おい、もっとゆっくり投げろよ!」  キャッチし損ねそうになったユーリがぶつくさ言いながらカートにボトルを載せていく。  カートに詰めるだけの水を詰めた後は即座にオサラバだ。 「いや、ちょっと待て」 「何だよ?」  深刻そうな顔で何かと思えば、オシッコ出そうって話だった。  よくよく考えればずっと移動しっぱなしだったからな。  やれやれ、と言いながら俺も隣に並んだ。  二人で記念の立ちションをして帰る――予期せぬ突発イベントを終え、ファスナーを上げたところで、物音が響いた。  ゾワリと背中を駆け上がる寒気を感じ、俺たちは一斉に振り向いた。  音は休憩所の方からだ。  俺とユーリは岩陰に隠れる――が、水を載せたカートは置きっぱなしだ。  見つかるとマズい。  休憩所から出てきた男は、長身を丸めた痩せた男だった。  長いボサボサの髪を掻きながら大きなあくびをする。  無精ひげの面には額から鼻にかけて斜めの大きな傷が刻まれていた。  男はゆらりと岩壁に向かうと、こちらに背を向け、立ちションを始めた。  暗がりと凸凹の岩山が死角になったらしく、カートはバレていない。 「何とかなりそうだな」 「うるせぇ、静かにしろよ」 「おめぇこそうるせぇよ」  軽い小競り合いに発展したところで男がこちらを向く。  俺とユーリは互いの口を手で押さえ、息を殺して様子をうかがう。  まさか気づかれた?  結局、男はもう一度大きなあくびをすると休憩所のテントに戻っていった。  いびきが再開したのを合図に、俺とユーリは弾けるようにその場を離れる。  カートをフルスロットルで運転。  五分が経ち、十分が経つ。  休憩所から十分離れた場所で、身を硬直させていた俺とユーリは顔を見合わせた。 「やったな!」  満面の笑みでグータッチしてすぐ、ユーリが舌を弾いてそっぽを向く。 「早く帰るぞ」  そう吐き捨てながらフードを深めに被るユーリは照れているのだろうか?  そういえば、ユーリの笑った顔を見るのは初めてだ。  いつもブスっと口をとがらせてばかりだし。 「ユーリ、この調子で明日からは塩の採掘も手伝ってくれよな」 「はぁ? ないない。そんなかったるいことするかよ、バーカ」 「おめぇが一番のバカなくせしてバカとか言うな」 「バカじゃねぇし。ハッキングすぐ覚えただろ」 「その後、壁紙クリックしまくってたけどな! バーカ」 「てめ! バカって言った方がバカなんだよ!」  時間はもう朝三時を回っている。  眠い目をこすりながら、俺はストックしておいた悪口で応酬。  勝負は始まる前から終わっている。  悪いが口喧嘩じゃ負ける気がしないね。
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