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 カート移動に飽きたころ、愛しのアルファビル・コロニーが見えてきた。  錆びたボロボロの出入口は見るからに年代ものだ。  こう古いとセキュリティが生きているだけでも奇跡みたいなもんだ。  今度、カーチャンに相談してメンテナンスしよう。  そんなことを思いながら、ひび割れたカードをカード・リーダーに通した。 「そういや、ユーリ」 「ふがッ! うさぎは……食べれない……けどぉ……ふご」 「はぁ?」 「あ……ががが……」  ユーリの野郎、どうやら寝ぼけているらしい。  叩き起こしたいところだが――。  ヨダレマックスの幸せそうな間抜け面を見ていると野暮な気がした。  色々と協力してくれたんだ。  家に着くまでは寝かせておいてやるか。  アルファビルに到着後、俺はユーリが寝泊まりしている電車内に水のボトルを並べて腕を組んでいた。  かっぱらった水をどうするか悩んでいるのだ。  そりゃそうだろう。  いくら相手が凶悪なハッカーとはいえ、やったことは盗み。  犯罪以外の何ものでもない。  知られればカーチャンにしこたま叱られるだろう。  目覚めたユーリは、座椅子に寝っ転がりながら雑誌を読んでいた。  悩んでいる俺を見かねたのか、苛立ちを乗せた声でつぶやいた。 「ひとまずここで保管しておいて、商人から買い取ったていで、小出しすればいいだろ。少量ずつならバレやしねぇよ」 「まぁ、そうだけど……それしかないか」 「ちなみに俺の分はやらないぞ」 「はぁ? 独り占めすんなよ」 「だから半分はやるって言ってるだろ。取り分の話だ」 「アルファビルに何人ガキがいると思ってんだ。半分じゃ半月と持たねぇよ。みんなで分け合うって発想はないのかよ」 「ハッ。ガキのことなんて知るかよ」  ユーリが雑誌を下げ、チラリとこちらを見る。  その目には嫌悪がこめられていた。 「偽善野郎、また家族ごっこかよ」 「ごっこじゃない」 「ごっこだよ。お前らがやってるのは傷の舐め合いなんだよ」  自分勝手なユーリの態度にイラ立ちが止められない。  せっかく少しは協力し合えたというのに、結局は自分の為。  誰かの為に動けばごっこ遊びだの、偽善だの。  しかも、大事な話をしている最中に寝っ転がっているときたもんだ。 「大事な話をしてる時くらいちゃんとしろよ」  俺はユーリの雑誌を引っ手繰った。  グラビアのネーチャンが水着姿でノーテンキに微笑んでいた。  対してユーリはにらみつけるようにこちらを見ていた。 「返せよ、クソ野郎」  ユーリが立ち上がった。  ユーリの瞳が目の前まで迫ってくる。  瞬間、俺の手は動いていた。  俺は――反射的に――。  ユーリを殴っていた。  ユーリは吹っ飛び、車外へ転げ落ちた。  俺の拳はPCグローブ越しでも分かるくらい痛んでいた。  一瞬の静寂の後、ユーリが立ち上がった。  口元の血を親指で拭って吐き捨てる。 「ケッ……やっぱお前もそうなんだ」 「あ……その……つい……」 「腐った大人たちと一緒だ」 「お、俺は……」 「水なんか全部くれてやる。だから今すぐ自分の家に帰れよ。俺は明日にでもこのコロニー出ていくからよ」  俺は何も言い返せなかった。  ユーリに追い返され、ふらふらと夜道を歩く。  見上げるとカーチャンが作った人工星が輝いていた。 「腐った大人たちと一緒……」  子供の頃、しつけという理由で殴られた。  殴られる瞬間の、身体がこわばる瞬間を思い出す。 「俺も一緒……クク……ハハ……」  肩が震える。  勝手に笑い声がこぼれていった。  口元を抑えても止められない。  笑っているはずなのに。  笑っているはずなのに――。  涙が止まらなかった。  あいつが言う通りだ。  家族ごっこ、傷のなめあい。   図星だったから腹が立ったんだ。  どこまでいっても俺たちは「ごっこ」なんだ。  俺はあんな大人になりたくなくて。  でも、あんな大人たちの生き方しか知らなくて。  一枚皮をむけば、腐った大人たちと一緒だったんだ。  一緒だったんだ。
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