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05
時計の針は五時を回ろうとしている。
ベッド――と言っても電車の長椅子だけど。
転がって目をつぶっても、さっきの出来事を考えてしまって眠れなかった。
「くそッ!」
俺は立ち上がってペットボトルの水を飲んだ。ぬるい水が喉を潤していく。
ユーリに謝りたかった。
でも、謝り方なんて知らない。
どうすれば許してもらえるのか。
何て声をかければいいのか。
「本当に……何も知らないんだな」
俺は空のペットボトルを放り投げ、頭を掻いた。
考えていたって仕方がない。
掛けておいたジャケットを羽織り、電車外へ飛び出した。
ユーリの様子を見に行こうと思った。
例えかける言葉が分からなくても、考えがまとまらなくても、歩いているうちに何か思いつくかもしれない。そう思った。
何か行動していないとイライラが止まらなかった。
ユーリが寝床にしている電車は、コロニーの出入口付近にある。
いくつかの電車の山を潜り抜け、明かりのついた電車を確認する。
「明かり……まだ起きてるのか?」
ふと、違和感に気づく。
電車内からだろうか。
こもっていてよく分からないが――奇妙な物音がするのだ。
「……何の音だ?」
俺は息を止め、気配を消して近づく。
電車の出入口付近の壁に張り付き、顔だけ出して確認すると、さきほど水を盗んだ相手――ハッカー「エガルドヒー・ザム」がユーリを殴っていた。
「!」
ユーリはガードする気力も残っていないのか、顔に入ったパンチで血を噴出した。
「お前の仲間はどこだ。二人組だったろう?」
「俺に……仲間なんていねぇ……」
うつ伏せに倒れたユーリは力なく声を絞り出す。
一瞬、目の前が真っ白になった。
「何で……あいつがここに……まさか」
泳がされていた。
あいつは俺たちの寝床を襲う為、気づかないふりをしていたのだ。
「クソッ!」
次に全身を襲う寒気と震えがきた。
俺ではあいつには絶対に勝てない。
助けに行っても殺されるだけだ。
でも、今はPCグローブも付けていない。
助けを呼ぶには時間がかかる。
ユーリは血だらけで、もう動けなくなっている。
吐かないと分かったら、あいつはユーリを殺すだろう。
何人も人を殺してきたハッカーだ。
子供一人殺すのなんて何てことない。
もう時間がない。
「俺は……」
前に出られなかった。
助けないといけない。
助けられるのは俺だけだ。
そう分かっていても、足が言うことを聞かなかった。
「動け、動けよ!」
俺は足を叩く。
ユーリは俺を売らなかった。
自分が殺されるかもしれないのに。
何故。
分からない。
あれだけ悪態をついて、身勝手だったのに何で。
迷っている間も時間は過ぎる。
エガルドヒーがユーリの腹を蹴った。
「ごふ……!」
硬い音とともに悲鳴にならない声が漏れる。
悔しくて噛んだ歯が割れそうだ。
ちくしょう。
ちくしょう、ちくしょう!
俺は近くに落ちたパイプ棒を拾い、電車内に飛び込んだ。
気づいていないエガルドヒーの背に向かってパイプ棒を振り下ろす。
――が、パイプ棒が当たったエガルドヒーの肩は、鉄のような金属音を立てるだけで微動だにしなかつた。
ぐるりとこちらを向いた顔には――身の毛もよだつ濃厚な殺意が張り付けられていた。
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