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 時計の針は五時を回ろうとしている。  ベッド――と言っても電車の長椅子だけど。  転がって目をつぶっても、さっきの出来事を考えてしまって眠れなかった。 「くそッ!」  俺は立ち上がってペットボトルの水を飲んだ。ぬるい水が喉を潤していく。  ユーリに謝りたかった。  でも、謝り方なんて知らない。  どうすれば許してもらえるのか。  何て声をかければいいのか。 「本当に……何も知らないんだな」  俺は空のペットボトルを放り投げ、頭を掻いた。  考えていたって仕方がない。  掛けておいたジャケットを羽織り、電車外へ飛び出した。  ユーリの様子を見に行こうと思った。  例えかける言葉が分からなくても、考えがまとまらなくても、歩いているうちに何か思いつくかもしれない。そう思った。  何か行動していないとイライラが止まらなかった。  ユーリが寝床にしている電車は、コロニーの出入口付近にある。  いくつかの電車の山を潜り抜け、明かりのついた電車を確認する。 「明かり……まだ起きてるのか?」  ふと、違和感に気づく。  電車内からだろうか。  こもっていてよく分からないが――奇妙な物音がするのだ。 「……何の音だ?」  俺は息を止め、気配を消して近づく。  電車の出入口付近の壁に張り付き、顔だけ出して確認すると、さきほど水を盗んだ相手――ハッカー「エガルドヒー・ザム」がユーリを殴っていた。 「!」  ユーリはガードする気力も残っていないのか、顔に入ったパンチで血を噴出した。 「お前の仲間はどこだ。二人組だったろう?」 「俺に……仲間なんていねぇ……」  うつ伏せに倒れたユーリは力なく声を絞り出す。  一瞬、目の前が真っ白になった。 「何で……あいつがここに……まさか」  泳がされていた。  あいつは俺たちの寝床を襲う為、気づかないふりをしていたのだ。 「クソッ!」  次に全身を襲う寒気と震えがきた。  俺ではあいつには絶対に勝てない。  助けに行っても殺されるだけだ。  でも、今はPCグローブも付けていない。  助けを呼ぶには時間がかかる。  ユーリは血だらけで、もう動けなくなっている。  吐かないと分かったら、あいつはユーリを殺すだろう。  何人も人を殺してきたハッカーだ。  子供一人殺すのなんて何てことない。  もう時間がない。 「俺は……」  前に出られなかった。  助けないといけない。  助けられるのは俺だけだ。  そう分かっていても、足が言うことを聞かなかった。 「動け、動けよ!」  俺は足を叩く。  ユーリは俺を売らなかった。  自分が殺されるかもしれないのに。  何故。  分からない。  あれだけ悪態をついて、身勝手だったのに何で。  迷っている間も時間は過ぎる。  エガルドヒーがユーリの腹を蹴った。 「ごふ……!」  硬い音とともに悲鳴にならない声が漏れる。  悔しくて噛んだ歯が割れそうだ。  ちくしょう。  ちくしょう、ちくしょう!  俺は近くに落ちたパイプ棒を拾い、電車内に飛び込んだ。  気づいていないエガルドヒーの背に向かってパイプ棒を振り下ろす。  ――が、パイプ棒が当たったエガルドヒーの肩は、鉄のような金属音を立てるだけで微動だにしなかつた。  ぐるりとこちらを向いた顔には――身の毛もよだつ濃厚な殺意が張り付けられていた。
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