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 カーチャンに内緒で行動した結果がこれか。  しばらく指一本動かせそうにない。  俺はほとんど諦めていた。  むしろここまでやったんだ。  上等だろ?  誰かに褒めてもらいたいくらいだ。 「ガキどもぉおおおッ! 絶対に……許さねぇからな!」  血とオイルをまき散らすエガルドヒーがにじり寄る。 「はは……」  絶体絶命ってヤツだ。  笑いしか出てこない。  でも、俺の予想に反し、驚くことに「奇跡」が起こった。  いや、よくよく考えれば奇跡でも何でもない「当たり前」のことが起こった。  俺たちはネットワークを通じてクレーン車を動かし、鉄球を落とした。  このコロニーでネットワークを繋ぐということは、マザー……つまりカーチャンに「すべて伝わる」ということだ。  ハッキングの練習の時はカーチャンにバレるのを警戒し、局所的なネットワークを構築した。けど、今回はそうじゃない。  クレーン車を動かしたことで、カーチャンは俺たちの動きに気づいたのだ。 「最後の手柄はカーチャンかよ」  カーチャンは倉庫に格納していた人型の戦闘訓練用ドールを操作し、この場所に直行させたらしい。  身長二メートル超えのドールが大ジャンプ。  上空から現れて着地した。  体重二百キロを超える巨体が砂埃をまき散らす。  映画で観たロボットの警官を思わせるシルエットに大きな一つ目は、キョロキョロと動いて一点に視点を定めた。  ドールは再度跳躍し、一瞬で距離を詰めた。  エガルドヒーは突然目の前に現れた巨体に目を剥くしかない。 「な、何だおめぇ」  エガルドヒーは見るからにビビっていた。  そりゃそうだ。  これまでヤツは計画を練って殺してきた。  事前の準備と情報収集が、いくつもの死線をくぐらせてきた。  全く予定していない状況じゃ、判断が遅くなって当然。  だが、これまで修羅場をくぐり抜けてきただけはある。  エガルドヒーは体を回転させ、得意の蹴りを放つ。  ――が、訓練用ドールは設定をイジってあり、人間には手が負えないレベルに調整してある。  あの超威力の蹴りでも微動だにしない。  ドールは、ゆっくり右手を構えると、エガルドヒーの伸びた脚にチョップを入れた。  メコ。  どうやったら人体から鳴るのか分からない恐ろしい音が響いた。 「うわぁ……痛そう」  エガルドヒーは痛みで転げまわり、遂には泡を吹いて失神した。  俺たちがあれほど手こずった相手が、たった一撃で終わったのだ。  ドールがエガルドヒーに縄をかけている間、俺とユーリは目くばせした。  体は痛いし言うことを聞かないが、この場にいるとヤバい。  早く逃げないと、ある意味でエガルドヒーより怖い落雷が落ちる。  ――が、俺らの行動なんて見透かされていた。  ドールについたスピーカーからカーチャンの声が響き渡る。 「エガルドヒーはあとで管制局に引き渡しておくわ。はい、それからフィデリオ、ユーリ!」 「は、はい!」  俺だけでなくユーリも背筋を伸ばしている。  そう、怒るカーチャンは怖い。  俺は知っている。  ラビリンスで一番怖いのは「怒ったカーチャン」なのだ。 「盗んだ水は管制局経由でまたある場所へ返します。没収です。傷の手当をしたらすぐにこちらに来るように」 「……はい」 「返事が小さい!」 「はいッ!」 「ユーリも!」 「……はい……」  ドールがエガルドヒーを連れていったあと、俺たちはしばらく休んだ。  歯も抜けたし、服は血と泥だらけだ。  俺はペットボトルの水を頭から浴びてタオルで顔をぬぐった。  ユーリはよほど疲れたのか、岩の上に座って呆けている。  一言も話さない。  お互い礼も謝罪も口にしない。  その気力がなかったのか、何て言えばいいのか分からないのか。  ユーリの背中は小さかった。  もともと発育が遅い上に、ろくなものを食べていなかったんだろう。  隠すようにブカブカのパーカーを着ているんだろうけど、ほっそい脚を見れば嫌でも分かってしまう。  昔の頃の自分もこんな感じだったのだろうか。  一人寂しく遊ぶ自分の過去を思い出す。  何だか胸が締め付けられて、真っ直ぐ立ってられなくなった。  俺はユーリの背後でしゃがんで――。  小さな背中を抱きしめた。  ごつごつした骨張った体が、わずかに感じる体温が、ゆっくりと肌に伝わってくる。 「な、何やってんだよ……」  言葉とは裏腹に抵抗は小さい。  俺は強く抱きしめて笑った。  俺はカーチャンからもらった左手を、本当の親からもらった右手を、振り上げるでもなく、叩くでもなく。  目の前のやせっぽっちを抱きしめるのに使った。 「ククク、お前は貴重な労働力だ。もう離さないぞ!」  ユーリは、俺だ。  俺と同じなんだ。  俺は家族に――こうしてもらいたかった。  だから、こうしたんだ。 「うぜぇ……うぜぇよ……」  繰り返しながら、ユーリは泣いた。  こいつも俺も、まだ子供なんだ。
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