鬼女

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鬼女

 鬼女。  いつしかそんな異名がつけられていた。  気丈で男勝りな女性の役ばかりがくるようになり、世間のイメージはすっかり鬼女。嘘と偽りにまみれ、腐敗した銀行を立て直す、気の強い銀行員の女を演じるドラマでの人気が、いっそう拍車をかけた。 『わたし、男になんか喰われませんので』というドラマ中のセリフが、流行語大賞に選ばれたくらいだ。  そんなある日、週刊誌の一面に見出しが躍った。 『鬼女の目にも涙』  そう。ハンカチで涙を拭う私の姿がスクープされたのだ。  失恋の果ての涙か、愛人と疑われた大手芸能事務所の社長に見切られたか? など、適当な憶測があちこちで飛び交った。週刊誌各社はさらなるスクープを狙おうと、私の私生活にまでつきまとってきた。  ひとりの女優の涙に多くの大人が群がるほど、この国は退屈な国と化してしまった。まったく先が思いやられる。  近ごろの週刊誌のやり口は常軌を逸している。同じ事務所に所属している新人女優の子も被害者のひとり。  人気漫画が原作のドラマでヒロインに抜擢された彼女。可憐な女子高生を演じる彼女の演技は高く評価され、一気に人気を集めた。そんな彼女が一瞬にして芸能界から姿を消すことに。乱交パーティーに参加したことをスクープされたのだ。  演技のことで度々相談を受けていたから、彼女と連絡を取る機会は多かった。週刊誌の記者から事務所にスクープのネタが持ち込まれた夜、彼女は消え入るような声で電話してきた。 「絶対にそんなことしてません……信じてください」  そう言うと彼女は(せき)を切ったように泣き出した。彼女の純粋な性格を知る私は、それが週刊誌のでっち上げだってことに気づいていた。きっと、ライバルの事務所が仕掛けた罠だ。  出る杭は打たれる。ただ、誰よりも出なきゃ芸能界じゃ生き残れない。打たれるだけなら這い上がることもできるが、今の芸能界じゃ、出る杭は消される。いつどこで誰がターゲットになるかは、業界の金と権力の動き次第。銀行員の役柄よろしく、世直しをしてあげたいところだが、たかが女優に何ができる。私にできることは、彼女の涙に付き合うことくらいのもの。それが芸能界に生きる者の宿命なのだから。
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