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弱り目に祟り目
「おはようございます」
「おはよう。今日はいい天気ね」
今朝も窓の外からは近所の奥様たちが挨拶を交わす声が聞こえてくる
「英、支度できたか」
「うん。パパは?」
「どうだ?」
「うん。今日もイケてるよ」
小学校1年生の一人息子、英が小さな親指をたてて「グッド」のポーズを決めた
北野は靴箱の姿見を見ながらネクタイを絞め直した
「よし!いくか」
シングルファザーにとって分譲住宅地の朝、とりわけ、ごみの日の朝は緊張の瞬間だ
挨拶、身支度、ゴミ出し時間、出し方、分別方法など厳しくチェックされてるような気がするのだ
近所のママたちは皆同年代の子供がいるお陰か、はたまた亡くなった妻の人徳のお陰か、北野にも気楽に話しかけてくれるし、数年来の付き合いになる人たちばかりだが、シングルになって2年、この朝の緊張感だけはいまだに慣れない
北野がこの新興住宅地に一軒家を買ったのは英が2歳になったばかりの頃だ
英と書いてすぐると読む名前は妻の理科子がつけた
北野の下の名前が数人、自分が理科子だから、子供を3人産めば5教科揃うわね!と冗談を言っていた
小学生になり、しっかりしてきたとは思うけど、時折見せる子供らしいあどけなさに、失った理科子の存在の重さを痛感する
「あ、北野さんおはよう」
「おはようございます」
「いつも学校に付き添ってえらいわねえ」
「ハハ」
そう、みんな知っているのだ
小学校までの通学路に、3年前、理科子が交通事故に巻き込まれて亡くなった現場がある
北野と英はそこを通ることができない
迂回路は人通りの少ない裏道だし、何より英まで交通事故に巻き込まれはしないかと北野は心配でならない
(もう二度と俺の知らないところで大事な人が死ぬのはごめんだ)
近所の人たちはそれを知っていて声をかけている
しかし、声をかけることでまた、北野が毎朝そのことを思い出させられていることには気づいていない
北野と英が歩き出そうとすると、近くでまた挨拶が交わされる声がした
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