弱り目に祟り目

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「あ!峰ちゃん!」 英は声のした方に駆け出していく 英が駆け寄っていったのは北野の斜め迎えに住む南出さんちの峰希(みねき)の元だ 峰希は英と同じクラスなのである 「南出さんおはよう」 「おはようございます」 「峰ちゃん、今日も髪型かわいいねえ」 「うん!パパにやってもらったの」 「そうなの。パパ器用ねえ」 「ほんとー!毎朝えらいよね。うちの旦那なんて、ドライヤーかけるときもぐちゃぐちゃーってして終わらせるのよ」 「わかるー!うちも娘に嫌がられてるわ」 南出親子を中心に会話の花が咲く この分譲地区では当たり前の光景 南出親子はこの地区のアイドルなのだ 同じシングルファザーなのに 「おはようございます」 「あ、おはよう」 さわやかなシトラスの匂いに我に返ると、英は峰希ととっくに先に行っていた 「お、おい!危ないぞ!お父さんと手を繋ぎなさい」 数人が慌てて追おうとすると 「大丈夫ですよ」 シトラスの匂いの元が答えた 南出…下の名前は知らないが、峰希の父親は、切れ長の目で二人を眺めて言った いつ見ても整ったきれいな顔をしている 180センチ位はありそうな長身だが、細身で顔が小さいため威圧感はない 北野だって低くはないはずだが、南出の横に立つとどうしようもない劣等感に襲われる 「まだ小学一年生ですよ」 「もう小学一年生ですよ。みんなひとりで登下校してます」 「うちの子にはまだ早いです」 「だから学童も送迎ありのところにしてるんですか?高いんでしょう、あそこ」 「だから何か?あなたには関係ないことです」 北野はムッとして答えた 南出…なんとかというこの男は、顔を付き合わせれば嫌みなことしか言わない、と思う とにかく北野とはそりが合わないのだ 服装からしてブランドもののスーツと形のよいコートを品よく着こなしていて、髪にも乱れひとつない シャツもジャケットも折り目ひとつなくアイロンがかけられ、いつも洗剤のいい匂いがしている 峰希も、季節にあった動きやすくて清潔感のある服に身をつつみ、さらさらの髪を【毎朝】【父親に】きれいに結ってもらっていて、どこからどう見ても育ちのよさがうかがえる 同じシングルファザーなのに と北野は思う 北野はと言えば、アイロンをしている途中に寝てしまって危ないので、英の分だけ手早く済ませ、自分は使い古しの形状記憶のシャツとジャケットで、時々クリーニングが間に合わなくて、上下ちぐはぐで出掛けることもざらなのだ 一体いつ家事してるんだよ、仕事もしてるのに この見た目も中身も非の打ち所のない人間に、嫉妬とも劣等感ともつかない思いを抱いてるのだ 「毎朝登校に付き添って、大変じゃないですか?」 「お宅だって」 「うちはこっちの駅の方が会社に近いんでついでですよ。北野さんは反対方向ですよね。それに…」 「…あなたも過保護だって言いたいんですか?」 「いえ」 嫌な沈黙が流れた
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