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とあるお城の下にある、平和な城下町の一角。まだ月も傾きかけたばかりの時間に、暖かなベットで寝ていた少女が目を覚ます。
「お母さん・・・」
少女は母の布団に潜り込む。
「あら、どうしたの?」
目覚めた母親は心配そうに声をかける。ランプに明かりを灯すと、少女の目は赤く腫れ、うっすら涙のあとがランプの灯火で煌めいて見えた。
「怖い夢を見たの。」
少女は母親の服で涙を拭いて、ぎゅっと母親を抱きしめた。母親はそっと娘を抱きしめて、優しい声を娘に向ける。
「ちゃんと涙を流せて偉いね、きっと怖い夢も涙で流れて出ていくわ。」
少女は母親の服に顔を擦り付けるように首を振る。
「そんなことない、きっとまた怖い夢を見るんだ。そんなのはイヤ、寝たくない。」
母親は優しく微笑みかけ、少女の髪をなでる。
「そんなこと無いわ、涙ってとってもすごいのよ。」
少女は返事もせず、再び泣き出しそうな目で母親を見つめた。
「涙といえばね、こんな話があるの。とある王国であった、一人の女の子の物語。」
まるで子守歌のような口調で、母親はゆっくりと話し始めた。
少し昔の物語。小さな戦争がいくつもあって、それがようやく落ち着いた頃。優しい王様のいる王国では、戦争で親を亡くしてしまった子供を保護してたの。子供たちはみんな幸せそうで、大きくなって、そして一人立ちしていって、王様はそんな人を幸せそうに眺めていた。
その中ですこし困った子が一人。その子は笑いはするけれど、どこか感情が乏しくて、そして涙を流さない子でした。
王様はその子が成長して、大人になる頃には治ると思っていたけれど。いつまでたってもその子は涙を流さない。
いくら待てども変わらぬ子をみて、王様はこう結論付けるの。『あの子は泣けない呪いがかかっている。』ってね。
そして王様はこの呪いを解くために一つの御触れを出しました。募集内容はとってもシンプル、あの子に涙を流させることができる人。
優しい王様の国民はみんな優しくてね。あれこれ知恵を絞って王宮に来ます。
ある人は感動的なお話をするの、居なくなった家族が夢の中で再会する話。
けれどもその子は泣きません。
またある人はとっても怖いお話をするの、恐ろしすぎて、思わず目を閉じたくなっちゃうような。
けれどもその子は泣きません。
その他にも色々な人が来て、色々な方法を試します。悲しいお話、笑いすぎで涙が出るようなお話、作り話に別の世界のお話に。それでもやっぱりその子は涙を流しませんでした。
次第とそれは他の国まで伝わって、今度は怪しい薬や呪文を唱える人まで出てきたから、王様はついにあきらめて御触れを止めてしまいます。
その子はついに涙を流さないまま。御触れが無くなったら次第とその子を心配する人は減っていき、やがてみんなの記憶から薄れていきました。
そうして誰も来なくなって一年。もはやそんな御触れを出した王様だけしか覚えていないと思っていた王国に一人の青年がやってきます。
その子は青年の顔をどこか覚えていたの。顔を見てすぐに分かった、御触れが出てすぐ、一番始めに来てくれた人だって。
どんな話をするのかと、王様も王妃様も兵隊さんも見守る中で青年はその子に対して耳元で囁きます。
その時、みんなが驚くの。泣かなかったその子が、声も出せず大粒の涙を流すから。
戸惑う周りの人々にその子は深々と一礼し。その青年と手をつないでお城から出ていきました。
その子が涙を流した理由がね・・・
母親はふと、服を握る娘の手が緩んでいることに気がついた。娘は口元をゆるめながら浅い寝息をたてている。
冷えぬようにと母親は娘に毛布を掛けながら、少し離れたベットで寝ている夫をみる。そして小さく囁くのだ。
「いつかこの子にちゃんと話してあげないとね。私が泣いた理由、それはね・・・」
母親はランプを消して、娘と共の毛布に入る。
お城のベットよりも狭いけど。とても暖かなベットで母親と娘は眠るのだった。
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