ファミリーレストランに盛り塩は似合わない 3

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ファミリーレストランに盛り塩は似合わない 3

ウェイトレスが同じく腰を抜かし、店長が壁によりかかってずりおちる。 「ちょっ……入口さえ塞げば安全じゃねえのかよアグレッシブすぎる!」 「裏の非常階段を伝って来たんだ、窓の下に踊り場が」 「畜生!」 俺の行動は早い。掃除用具入れのドアを開けてモップをひったくるや、ゾンビの頭を力任せにぶん殴る。ガツン、良い手ごたえ。 「てめえらもボサッとしてねーで手伝え!」 傍観していた男連中が弾かれたように散って、各自手にしたモップやほうきやお盆で滅多打ち。 さいわい窓は大人ひとりが通れるかどうかのサイズで、ゾンビは肩が突っかえて詰まった状態。袋叩きにゃもってこいだ。 男連中に触発された女性陣も加わり、脱いだ靴やスマホや教科書入りのスクール鞄の角でこっぴどく殴りはじめる。 「くたばれこの野郎!」 「わたしは楽しい仲間とうきうきラブコメしたくてファミレスバイトにきたの、ホラーはジャンル違いでお呼びじゃないからひっこんでてよ!」 「バンビーナの平和は私が守る、賞味期限切れのお客様は窓から直接からお帰りください!」 ゆゆチャンがネイルでひっかいて響チャンが鞄からとりだしたサイリウムを豪速で振り抜きお盆で往復ビンタをくれるウェイトレスに続き、威風堂々と啖呵を切った店長が投げたのは― 塩。 目潰しの意図か、やぶれかぶれでたまたま掴んだのか。ゾンビの顔めがけ塩をぶっかけりゃ、変化が起きる。 ゾンビが死んだ声帯で絶叫し、その顔が瞬く間に爛れていく。まるで重度の火傷を負ったような反応に、一同呆然。 「浄めの塩が利いてる……!?」 「嘘だろ、非科学的だ」 おったまげる俺。八尋がぽかんとする。老夫婦がなむなむと手をあわせる。 「化学的にこじ付けると塩に含まれる何かの成分がゾンビの抗体になるとかそんな感じ……?」 「今だ!!」 ぐぎり、いやな手ごたえと共にゾンビの首がへし折れる。 ほぼ90度直角に曲がって……うえ、夢に見そうだ。 「死んだ……?」 全員息を切らして窓から上体をぶらさげたゾンビを囲む。 「映画じゃ頭破壊しないと死なないんだよね」 「やる?」 「え、やだ、キモい」 「だよね……頭潰すとかありえない、グロッ」 「とりあえず大人しくなったし様子見……?」 ゾンビの背広のポケットからスマホが落ちる。 反射的にそれを拾い待ち受けをチェック……鋭い痛みが胸を抉る。 「なに?」 寄ってくる八尋と店長、サラリーマンや女子高生に老夫婦、おっかなびっくり覗く一家にもスマホの液晶を掲げてみせる。 待ち受けに表示されていたのは、真っ白いお仕着せに包まれた新生児の写真。 「赤ちゃん……生まれたばっかだ」 「この人の子どもかな」 ゆゆチャンと響チャンが囁き、老夫婦が「気の毒にねえ」と同情する。 おそらく人の親だろう店長がやりきれず顔を歪め、八尋が痛みを堪えて俯く。 俺は無言でメールをチェックする。 大量の受信と送信……ゾンビ化して正気を失う寸前まで、家族と連絡をとり続けていたのだ。 『Re悠馬 ニュース見た?なんか大変な事になってる。ゾンビなんて信じられない…… そっちは平気?念のために晴を連れてお義母さんところに行って』 『Reはるか 渋滞すごい 車進まない 晴もずっと泣いてる 怖いよ悠馬……はやくきて』 『Re悠馬 急いでる おしめとミルクはもった? お義母さんはなんて言ってるの  ニュースは大袈裟に騒ぎすぎだ、気をしっかりもって はるかはもう晴のママなんだよ 俺もすぐいくから』 『Reはるか yuuma moudame osowarete madowarareta』 『Re悠馬 大丈夫かはるか 助けを呼んで 近くの人にきてもらって』 『Reはるか harugakamareta tasuketeyuuma』 『Reはるか sでぃあぽdじぇうぃおrじょlkfdsmlさめdl:w:dwぇ:えw;ld:じぇdwkdw;ljでk;』 『Re悠馬 晴?はるか?たのむ返事してくれもうすぐ着くかhjdさphjだk;jdqwdwqdwqjhd;jwqddqw』 メールの後半は派手に文字化けして解読できないが、意味不明な文字列の所々に、最愛の妻と子供の名前がまぎれこんでいる。 いま、俺達の目の前で、トイレの窓にぶらさがる男。 ゾンビになりはてた男は最後まで妻子の身を案じ、家にむかってひた走っていた。 『Re悠馬 ひdぁhじゃえkdんk;くぇjでqk:qはるかfhじぇwでhk;djな;ぇkだ7はるdsjkだljk;ldまk;いまいくあdshjだjsk;d』 愛する妻と、我が子を守ろうと。 もう全部手遅れで間に合わずとも、せめて最後は寄り添おうと―…… 「…………」 窓から上体をたらしたまま、二度目の死をむかえた男の下にスマホを手向ける。 さっきまでアニメが観たいとギャン泣きしてたゆうちゃんが、母親に抱っこされたまま、不思議そうに指をしゃぶる。 「おじちゃん……ねんね?」 「そうよ……」 「こんなとこで寝ちゃだめだよ。ゆうちゃんはいい子だからおふとんで寝るの。ママがね、絵本読んでくれるんだよ。ねえママ、今日はなに読んでくれるの?ゆうちゃんカニパンマンがいい!」 「う…………」 耐えきれずに崩れ落ちる母親を父親が支える。どちらも泣いている。祖父母も互いに支え合って啜り泣く。 「ごめんねゆうちゃん……今日はご本、読めないかもしれない……」 「なんで!?」 「おうちに帰れないの」 「なんで!?ゆうちゃんおうちかえりたい、だめならばーばとじーじのとこいく!カニパンマンみたい、ご本読みたい、ゆうちゃんつまんないもうここやだああああ!」 死んだゾンビを囲んで黙祷する面々から少し離れた場所で、ゆうちゃんがばたばた暴れる。 真澄。 俺の娘も、絵本が大好きだった。 ゆうちゃんと同じ年の頃は、寝ても覚めてもカニパンマンにハマってた。 唐突に八尋が走り出す。 「どこいくんだ!?」 八尋が各テーブルに設置された食塩の瓶を持ってドアへ向かい、慌てて追いかける。 「香奈に会いに行く!」 「ばかっいくら塩が利くからってそんな……この数相手に自殺行為だ!」 ゾンビ避けの浄めの塩も無敵じゃねえ、それも量に限りがある。 八尋の肩を掴んで必死に止める、正気を取り戻したサラリーマンが「だめですよ外出たら」と羽交い絞めにし店長が「先走っちゃだめですお客さま他のお客さまの命に関わります!」と腰に組み付く。 火事場の馬鹿力で全員をずるずる引きずりながら、八尋が決死の覚悟で叫ぶ。 「もうすぐ世界が終わるかもしんねーのに彼女と子どもをほったらかしにできるかよ!」 八尋は本気だ。 たった一人で行こうとしてる。 「くッ……」 八尋の気持ちは痛いほどわかる。だからこそ辛い。トイレの方で悲鳴が飛び交い、ゆうちゃんをだっこした母親が駆けだしてくる。 「大変、窓からゾンビが」 「また!?」 「窓に詰まってた人をその、力ずくで引きずり下ろして……お互いを踏み台にして、また入ってこようとしてるの……」 詰んだ。 終わりだ。 もうファミレスも安全とは言えなくなった。 うちのめされた店長が膝から崩れ落ち、はははと力ない笑いを垂れ流す。 「もうだめだ……お客さんすいません、善処したんですが」 「諦めんなよ!」 「最後だけは店長じゃない……ただの父親にもどっていいですか?」 中年の店長が静かに問い、堪えていたものが噴き上げるように絶叫する。 「あずさあああああああああああ!百合ぃいいいいいいいいい!司ああああああああああああああ!」 たぶん、妻と子供の名前だ。 「やだよう……死にたくない……おかあさん……」 「まだリュウに好きって言ってないのに……」 「僕も……彼女にプロポーズしてから逝きたかった。三十前に結婚したがってたのに、仕事が忙しいの理由にのばしのばし……」 営業疲れしたサラリーマンが切実に吐露、悔恨の滲んだ声音で吐き捨てる。 「仕事は取り換えがきく。僕がやめても次がくる。でも彼女は……こんな僕を好きでい続けてくれた、彼女のかわりなんていないのに」 こんな俺を好きでい続けてくれた、アイツのかわりもいない。
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