第三節「見つくる見つる射抜く眼を」

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 八幡坂九式は、地面に蹲ったまま自分を睨め上げる仁の視線に、どうしようもなく恐ろしさを感じていた。  執念にも似た生への渇望は、まるで自分と違う。  抱く恐怖の種類が同じだとは感じたが、しかし根本的には全く似ていないのだと直感できる。  おそらく、ここに来ている自分たち三人全員と全く相反する性質を持っているのだろうと思えるその在りよう。  九式には心底羨ましいものでしかない。 (これが天然物なのだというなら、世界は充分に未知に満ちている)  なんとなく呟いてから、一歩一歩確認しながら近づいていく。  そこに。 「…………………駄目、だよ」  朱色の髪と眼を持つ、魔術師が立ちはだかる。  その眼が怖れと怒りの両方をはらんでいるのには気付いているが、しかしそれを受けたところで九式の内心には何も起こりはしない。 「退きな。君を巻き込むわけにはいかない」 「……ここにいる時点で、とうに巻き込んでいるでしょう」 「管理チームだったか? そんな役目を放り出さないのは殊勝だが、意味ないだろう」  その脆弱性ではね、と断言すると。 「関係ありません。彼を連れ去るのならば、それを全力で防ぐのがワタシの役目ですから」  狂信者か、と疑うが。しかしそれでは恐怖心を抱きながら立ち向かう理由にはならない。 「なんだ、一体。君はその少年の何なんだ」 「…………………」  沈黙。答えたくないか答えられないか。  無関係なのならば、尚更邪魔はされたくないものだが。 「言っておくが、殺人はできなくともそれ以外はしないとは言っていないぜ? 例えば」  九式は右手をくるりと回した。 「っ!」  同時に、少女の右肩から血が噴き出す。  彼女はその痛みにぐらりとよろめいて、しかしそれ以上は動かない。仁と同じように朱く燃える視線を向けてくるだけだ。  いたぶるのは趣味じゃないんだがな、と辟易しながら九式はもう一度指を振る。  今度は脇腹に傷が刻まれる。  人体的急所の一つの筈だが、それでも揺らがない。  ならば倒れるまで斬っていくだけだった。立ち止まって、一回一回間を置いて、死なない程度に攻撃していく。 「あ、ぐ、ぅ……」 「…………!」  仁が少女の後ろで何かを言っている。口の動きで、もういいからやめてくれ、と言ったのが読み取れる。  即死させられないとはいえ、このままでは確実に死に至る数の攻撃を繰り出したのに、彼女は精神力のみで立ち続ける。  もう充分だと判断した九式は再び近寄っていく。  仁と同じ、爛々と光る眼が恐ろしい。首を落としてもそこだけで噛みついてくるような執念を感じる。  でも、この状態では。  少し押しただけで倒れることは目に見えていた。  少女の目の前にまで歩み寄る。何故か焼かれているように熱い。 「………………」  彼女を右腕でゆっくりと払い除ける。抵抗されないかと思ったが。  触れた瞬間に彼女の目がぎらりと光った。 「ヴォ、ル、……」 「っ」  九式の足元から溶岩めいた焔が、間歇泉のように勢いよく噴き上がる。  九式はそれを自らの異能で受けきろうとして。  しかしそのためには彼女たちから離れるしかない。 「トリオロジー……!」  その声は誰にも聞こえないが、確実に発動している異能の効力だった。  ふらりと揺れた叶多の体躯が、僕の上に覆いかぶさるように倒れ込む。  気力を限界まで消耗し、魔力も使い果たし。気息奄々で何もできないのは同じだった。  変身も解除されて、普段着に戻った叶多の服が血に濡れていく。  痛々しい。  そして、それ以上に。  こんなことをさせてしまう自分の弱さに腸が煮えてくる。 「…………………なるほどな」  その声に意識を戻すと、青年が感心したように僕らを見下ろしている。  その服の所々が焦げているが、しかしあの規模の魔術を受けてその程度というのが異常だった。 「失えないものが多いようだな、白羽仁」  その言い方は不自然だとは思わない。そういう人物だって、僕は何人も見ている。  そんなことには気づかない様子の彼は、僕の目の前にUSBメモリを置いていく。 「これを見ておけ。理解する必要は無いが、俺たちの目的を記してある」  機密だからな、と彼は薄く笑んでから。  かつん。  頭に軽く何かが響き。視界が緩やかに薄れていくのを見ているしかないのだった。  その暗転の途中、荒哉が何か喚いているようだったが。
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