第二節「わたしには見えない手を」

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第二節「わたしには見えない手を」

 1 「うわ、ちょ、熱っ……!」  左の手を朱い光が掠め、その熱に反射的に腕を引っ込めた。そのまま右へ連続ステップしながら相手の視界から外れる。飛び込んだ建物の影にばしばしと相手の攻撃が当たっているが、僕は気にすることなく焼けた手の甲を包帯で巻いていく。  バンデージやテーピングは基本的にしないのだけど、この場合はそうも言っていられないだろう。 「仁くん、真正面からは……立ち合わない方が」 「解ってる。躱せないこともないけど、リスクがでかいな」  人体の急所を撃ち抜かれてしまえば一発で終わりだ。  ここまで攻撃的な魔術師と対峙するのは初めてだ、一瞬も気は抜けない。 「喜漸、呪術は相性が悪いって言ってたな」 「うん。霊力は、魔力と反発する……から。でも、私」 「ん?」 「魔術も、扱える。…………少しだけど、そういう風に。萌崎君が仕向けたから」 「そうか、じゃあこっちもそれで行くしかないな」  さて、どうして道場に行く途中でこんな事になったんだったか。  普通にいつものように藍樹、涼と道場に向かって歩いている途中で。気まぐれに近道をしようと公園を突っ切っていたら。  今対峙している真紅の髪の魔術師が人を襲っている場面に遭遇していて。  藍樹と涼を逃がしている途中で喜漸が追いかけてきた状態だった。  その奥で結界を張っていた全体に青い魔術師に対して敵が視線を向けた瞬間に斬りかかってみたら、簡単に対応されて。  喜漸の呪術で護られていなかったら死んでいただろう。 「つっても、僕が使える魔術なんて「風顕」くらいなものだしな。そんなもので光速に対抗できるわけもないし、どうするかな」 「私が、攪乱するよ。隙を見て、撃ってみればいいと思う」  言いながら、喜漸は左の脇腹にあるタトゥに手を当てる。それは舎人と契約した時に打たれたもので、魔術師としての力を行使するために必要な魔力が封じられている、とか。  見ている間に、喜漸の姿が変化していた。  全体的に黄色で統一された、「魔法少女」と言われるらしいコスプレめいた衣装だ。しかし、その身体全体から迫り上がる威圧感は、視界を眩ませるほどに強烈だ。 「じゃあ、行くよ」  言うと同時に喜漸は隠れていた場所から飛び出していく。バスケットで鍛えた身体能力はそのまま増幅されて、異能者と遜色ないレベルまで引き上げられている。  それを確認すると同時に、僕は反対側に動き出す。 「風顕・スライウィング」  言うと、僕の両脚に風が渦を巻いて絡みつく。それを操って、空中を滑るように移動し始める。練習段階でニアと速度で渡り合える程度には操れているけれど、今回はそれに回避の思考もしなければならないので、なかなかに難しい。  目的は相手の拘束なのだが、それを出来るかは怪しいし、出来たところで管理チームでどう対応するのかがわからない。  でも、殺人者を捨て置くのも気に食わない。 「取り敢えず、叩くしかないのか」  風を解き放ち、喜漸と同時に前後から挟撃を仕掛ける。  地面から壁を作り出し相手の攻撃を防御している喜漸に気を取られている隙に、声を出さずに真横に斬りつける。  その前にその攻撃を弾き逸らされる。何があったのかを理解する前に後ろ蹴りで吹き飛び、空中で姿勢を直す瞬間にこちらに視線が向いたのが判る。  視点の当たっている場所を塞ぐように刀を振り下ろすと、そこに光が当たったのか、ばちんと衝撃が手首に響く。 「くっ、」  さほどの重さではないけれど、躱せる速さではない。タイミングを合わせて斬るくらいしか対処法がないのだろうか? 「隆地(くがだち)」  喜漸の魔術、地面を勢いよく隆起させる業らしきものが発動し、そこに巻き込まれた相手は大きく後退してこっちに近づいてくる。視点の定まっていない瞬間を狙い、僕が刀を逆手に構えると。  相手もそれを察知したのか、殺意が向いてくるのが判る。  しかし、それを完全に無視して、僕はその刀身を燃え上がらせる。 「赤火・練焔」  持ち替えからの斬り上げに対して、魔術師は全身に紅い魔力を纏わせる。霊力を纏った刃がそこにぶつかると反発して白いフラッシュと重い衝撃が腕を伝う。 「ぐ、まだまだっ」 「…………ん。その意気だよ」  喜漸の声が真上から聞こえる。見れば、隆起した地面が壁を造り。相手の逃げ道を塞いでいると同時に、そこから真っ直ぐに彼女が駆け下りてくる。 「マイティ・ビット」  右手に力を籠めて、落下速度を加えながら音速とも思える突きを繰り出す。相手もそれに対応しようと視線を向けるが、それをさせるわけにはいかなかった。 「光華・閃針!」  後方から可能な限り迅い突き技を撃ち出す。刀の切っ先が相手に向かって吸い込まれるような軌道を描くのを、躱されるだろうと思いながら。  しかし、相手は躱さなかった。  命中する瞬間、黄色の光が魔術師の全身から溢れ出す。それは紅い色の光とは質が違っていて、見た瞬間に腰椎にざわりとした感覚が走った。一瞬の判断で、僕は脚に纏っていた風を全て解き放つ。  魔力を含んだ風が光と干渉して攻撃を吹き散らすが、反動で全員が吹き飛ばされる。  魔術師は後ろの壁に叩きつけられ、僕は反対側の地面を転げる。  それを上空で見ていた喜漸は空中で姿勢を直して僕の隣に着地して見せた。流石に身体能力が違うかと感心せざるを得ない。  地面についた右手が痛み、火傷をしているようだった。  流石に躱しきることは出来ないようで、それは仕方ないのだけれども。 「仁くん、助かったけど…………無茶は、いけないよ」 「解ってる。けど、無理をしないで抑え込める相手でもないだろう」 「そうだね。だから」  喜漸は地面を脚で叩く。  途端、周囲の空気が変わっていくのが判る。昏く湿った、粘つくような雰囲気が拡がる。 「これは、魔導域(マグメル)だと……!」  相手が驚いたように目を瞠る。マグメルという言葉は聞いたことがあったけれど、しかし語義的にはこんな陰湿な空気にはならないはずだが。  同時に、喜漸の変身が解除される。魔力を使い切ってしまったようだった。 「…………。仁くん、ここからが勝負所……だよ」 「そのようだな。まだ動けるだろ、お前も」 「うん。…………魔術が、使えないだけ」  二人で同時に突っ込もうか考えてしまうけれど、それはやめておく。もう一度風顕を発動させて、今度は全身に纏うようにイメージしてみた。  すると、その風が薄く全身を包み始める。まるで剣道具のように防護壁となるが、相手の光魔術に対してどこまで耐えられるかが不明だ。  魔術そのものは有限の力だと喜漸は言っていた。無限に扱えるのならば、それはもう魔法の域にあるとも。僕にしたって、いつまでも扱える保証はないのだからそれは例外ではないはずだ。  そして、魔術を理解していない僕には他の術式は扱えない。  少なくとも、術式を理解するには高校で習う程度の理科系知識が必要らしい。 「風顕、は気圧を操る…………それを理解した上で、コードを組む、の」  コードを組む、という言い方で僕が連想したのはプログラムコードだったけれど、似ているようで違う、と舎人が言っていたのを思い出す。 「魔術師はある部分でエンジニアっぽいことしてますけど、実際はコンサルタントに近いんですよ。自分の持つもので周囲を最適化する、そういう在り方です」  僕とはかけ離れすぎていて、想像すら出来なかった。
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