第二節「わたしには見えない手を」

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 念のために持っていた呪刀・洞満の小太刀で相手の光を斬り払うが、当たる度にばちばちと衝撃が来るものだから相当に相手をするのが難しい。  以前の三納薫のように異能、つまり霊力を祓うようにはいかなかった。  つくづく、自分の無力さを思い知る。  このまま行っても、最低限引き分けて終了か、僕の体力が尽きて終わりだが。 「…………やはり。かなり出来るな、白羽仁」 「……え?」  唐突にそんな風に名を呼ばれ、一瞬だけ反応が遅れる。その瞬間に感じた寒気に合わせて首を傾ければ、揺れた髪を一房焼かれてしまった。 「ほら、こんな言葉にも揺らがない。随分と変わった人だ」 「いや、一瞬反応遅れたんだけど」  相手はくく、と意地悪げに笑い、懐から取り出したサングラスを掛けた。視線が判らなくなってしまい、不利になるなと思うけれど。 「……………………………………」  相手は攻撃してこなかった。珍しそうにこちらを見るばかりで。 「こちら側では有名なんだぜ、おまえ。何せ魔法使いに至れる才能を持ちながら、魔術を学ばない異端児だと言われているからな」 「なんで知らないところでわけわかんねえ評価されてんだよ、僕は」  こちら側ってどっち側だよ、と問うと、魔術の界隈さと簡潔に返される。 「おまえ、マリィベリィの勧誘を蹴ったらしいな」  その辺りは知られているのか。そもそも、関わっているのはマリィさんと母のみの筈、他に誰がそんなことを知っていて、言いふらしているのか。 「学院では知られた事実だよ。言い触らすとかの問題じゃねえ」  学外の私にまで伝わるくらいには有名だぜ、と皮肉げに笑ってみせた。  その瞬間、相手の右腕が揺れるのを見逃さなかった。その動きに合わせて身体を傾けると、その場所に走った赤いラインが見えた後、アクリルを灼いたような不快な匂いが鼻腔を満たす。その不快感に酔いそうになるのを制御して、再び立ち上がって相手を見据える。 「不意打ちも効かないか。今のは相当にタイミングを絞ったんだが」 「見れば判るんだよ。その程度の動きは観察で予測できる」  予測というか、相手の僅かな挙動を刹那に判断して動いただけなのだが、観の目なんてものを教えたところで、理解するかどうかも怪しいところだった。  魔術師は武術家とは違う。 「観察? そんなもので予測できるものなのか」 「まあね。特に、僕以上の遣い手なら簡単にできることだろうさ」  ふうん、と納得したような頷きを見せる。本当に理解しているのかは知らないけど。 「それも一つの天稟か。いや、それでも」 「天稟? 僕にそんなものは無いよ。あるとするなら、別の奴にこそ当て嵌まる言葉さ、それはね」  むしろ、才能なんてものを一つも持ち合わせていないからこその武術家なんだから。  魔法使いがどんなものかは知らないけれど、それが才能だと言われても信じることはないだろう。 『仁は資質、つまり才能の欠片はいくつも持ち合わせているんだよ。だが、それを纏めて伸ばすことは出来ないんだ。才能ではないからな』  昔言われた言葉に、そういうものなのだと思うことはあった。 「謙遜だな。だからこそ、引き込み甲斐がある」 「ん?」 「私は衣津美に話を聞いて来ただけだからな。半信半疑で張り込んでいたんだが、その「ピンポイント」をあっさりと引き当てるのも相当な運の持ち主だ」  聞き慣れない名前かと思ったが、いや、と思い出す。化野衣津美。前に街を霧に沈めた術師の群れの一人。正直あの人だけが飛び抜けて強かったと認識している。 「それは運というか不運の方か」  この公園を通ることを選んだのが、まるで仕組まれていたように有り得ない挙動だったのが、ここに繋がるのかと不思議は消える。 「そんで、あんたは式の仲間なのか?」 「仲間?」  彼女は、鼻で笑うように息をつく。 「白羽式に仲間なんざ居ないよ。あの男には人々が自分からくっついていくだけで、あいつ自身は何とも思っちゃいないだろうさ。まあ、利用できるなら甘言は吐くだろうがね」  そうかい、と返していたものの。それはどこかで僕に向けたメッセージにも思えた。  穿ち過ぎかも知れなかったけれど。 「仁くん……? なんで、哀しそうなの……?」 「そんな風に見えるかな」  うん、と喜漸はあっさりと頷いた。そこまで内心が見え透いているとは思わないけれど。もしかして糸識さんがトレースするまでもないのかと思うと。 「ふ、仁は違うだろう。そうでなければ、そこの管理者がそうしている理由が無い」 「解ってる。僕だって、肝心なところで一人じゃあ、生きていけなかったからな」  喜漸だけじゃない。それは幼少期からずっとだ。 「特に、ノエルが居なかったら。僕はとうの昔に自殺していたよ」 「ほう、『山猫(リンクス)』がねえ。世話好きには見えなかったが、おまえに目をかけるのは何故だろうな」  知らないよ、知るものか。反射的に返していた。  あんな超然とした人の心の在りようなんか、知れるとは思っていない。 「…………まあ、そうだろうな。それをはっきりと言い切るあたりが、おまえの独自性とも言えるが」 「この程度で異端児扱いされるのも業腹だけどね」 「そうかな? 個人と社会、そして世界をしっかりと切り分けられる人物は珍しいと思うがな。少なくとも、社会で生きる大多数は全てをどこかで繋げているはずだが。おまえはそれを完全に切り離してしまっているだろう」  人は人、という個人主義という意味ではなく。  それら全てに関連性を見出さない、故に人をフラットに評価できる。 「だからだろう、おまえは白羽式の名前を出されても、無意味には激昂しないじゃないか。一般の人間ならば、もっと憎悪を剥き出しにするところだろうに」  喜漸が無表情のまま、しかしどこかで納得したような目の色を見せた。  僕が音壊涙に対して、嫌悪を見せなかったことを思い出したのだろう。 「あのとき、仁くん……お母さんに対して、見切りを付けた……だけだった」  確かに僕は「もういいよ」としか言っていない。それがあの人に対する「評価」ということなのだ。 「でも、僕だってあの人には苛立ってたけどね?」 「感情をぶつけても意味が無いと判断したんだろ? ほら、自分とはリンクしないと考えている証左じゃないか」  そんなところばかり論っても、単なるポジショントークにしか思えない。そんなことを論じたところで、僕には何の影響もないというのに。 「…………」  本当にただ話したかっただけなのか、式の許に僕を連れて行くことを目的にしているのは彼らと同じようだが。それでも、まるで時間稼ぎのように話をしているのは何故だろうと考えるが。 「時機じゃあないな、今の仁には大切なピースが欠けている」 「…………? どういう意味だ?」 「さあな、桐雨にでも訊いてみたらどうだ? その内、お前の近くに来るはずだからな」 「はあ? ミナはロンドンに居るんだろ。あいつは自分で課程を終わらせないと戻ってこれないと言っていたんだが」  そもそも、ミナがあそこで何を学んでいるのかは今ひとつ解らないのだけど。 「桐雨は、……魔術師の家だよ。しかも、白羽家と同じ……『純血統の稀人』。たぶん、仁くんのことも……何か、知ってる」 「白羽家の純血は母さんだけだけどな。僕とかは普通の人の血が混じってるから」  父は特に目立った出自のない人物だったはずだ。単に母と幼馴染みだったというだけのことで、結婚の際には祖父の白羽限とひどく揉めたとは聞いている。 「そういう意味では、白羽家は稀人としては衰退の最中なんだが、他はどうなんだろうな」 「そのようだな。かつては「白羽一族」はこの周辺地域で猛威を振るったらしいが」 「どんな歴史だ。聞いたことねえよ」  なんで海外の魔術師が家のことに詳しいんだ、って式に聞いたな。このこと。  郷土史にも載っていない管理者のことなど、普通は知りようがないはずだ。なのに何故あいつはそんなことを。 「稀人自体が歴史を作っている、そういうもんさ。世界中どこでもそんな感じだよ」  特に歴史の古い支配階級はそういう血を引いている。轟河王国の朧家は有名だろう? と魔術師は首を傾げる。  確かに異能を作り出した始まりの異能者、その家の特異性は有名だ。 「全く、聞いていればどうでもいい話をしているな。マクナ=アレルド、君は彼を連れ去りに来たのではないのか?」  と、後ろから英語なまりの日本語が飛んでくる。振り返ると、青い髪の魔術師が面倒そうに頭を掻きながら、気怠い視線を赤い魔術師に送っていた。 「んー。日本語には慣れていないからな、発音を再現するのは難しいか」  まあいい、と彼は懐から透明な拳銃を取り出して、魔術師に向ける。 「そこの娘が魔導域を発動していて良かったよ、暫く撃ち放題だ」  俺は別にトリガーハッピーでもないけどな、と言うが。  なるほど、時間稼ぎだ。  マクナ=アレルドはマグメルの効果が切れるのを待っているようだった。
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