第二節「わたしには見えない手を」

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 2 「とはいえ、護身用の銃を撃てたところで俺には勝ち目は無いけれどな」  光魔術に対して速度で抗う無意味さが、解っていると口にした。銃弾の速度でも及ばないというのか。 「白羽君。そして、音壊君か。君らは離れた方が良い。これ以上は危険すぎるからな」 「くっ。ジグ=リニアレイル、おまえは優しいな。見ず知らずの子供を庇える程度に」 「そうかな? 見ず知らずでもないんだ、昔からこの街には縁があるんでね」  どういうことだろう。僕とは母を通じた縁があるのだろうとは推測できるけれど、喜漸には何の関係もないはず。 「不思議か、白羽君。ここの管理者は星十字と繋がっているんだけどな」 「萌崎が? 何故です?」  教えられないよ、君にはね。そう言われてしまった。  だが、解るはずだ。どこかで何かと行き逢っているのならば。  星十字というのは、魔術師を纏める機関の通称だったか。日本のCRESCENTとも関わっていると、母は言っていたけれど。  不思議と、そっちからは何も言われないんだよな。何でだろう。 「…………」  喜漸が、僕の袖をくい、と引っ張った。離れようという合図のようだけど。  じり、と脚を引いた時。  マクナの指が僅かに動く。 「っ!」  違和感を真下に覚え、その場から喜漸を突き飛ばして、同時に後方に退る。  同時に、その場所から五本の光の筋が上方向に伸び上がるのを確認して、ぞわりと悪寒に震えた。 「仁くん……!」  次々と地面から来る光を、後退しながら躱していく。アクロバットは苦手でもしなければ生き残れない。火事場の力に頼ってしまうのは弱い証拠だ。  さらに続く猛攻を、二十メーター以上離れても止まないで正確に撃ち続けられるそのエイムは、手慣れていると判断しなければならない。 「くそ、反撃の隙が無い。あっちは何をして」  と、視線を前方に向けると、ジグはマクナに向けて拳銃を撃ち続けている。しかし、その全てを彼女は僅かな動きで躱しているのだった。  マルチタスク、か。魔術師らしいのかそうでもないのか。脳内を光コンピュータのようにしているのかは判らないけれど。処理の速さと人体の動かしかたは連動するものでもないはずだけど。 「いや、僕と同じだな。先読みで動けば、そういう芸当は出来る」  むしろ手緩いくらいだろう、それでも。 「苦戦してる状況が恐ろしいな」  その瞬間、異常を全身で感じ取る。魔力の気配が四方八方から同時に来るのを知覚していたのに、それを直前になるまで気付けないでいたのか。  仕込み、か。こんなのは僕のやり方だって言うのに!  ぞぐん、と全身から嫌な音がする。纏っている風の鎧に弾かれた光は散っていくけれど、恐らく次の攻撃は防げないだろう。  魔術を使う暇もなく、次の包囲射撃が全身を撃ち抜いた。 「……………………っあ、」  傷口が攻撃と同時に焼灼されて血は出ない。だが、全身を走る痛みはそんなことでは紛れない。神経を灼くのだから、痛みなど―――  その場にがくりと崩れ落ちる。それで充分だと判断されたのか、攻撃が止んだ。 「…………ぐ、う」  心の奥から、何故呼ばないと声がした。  霊力を纏えば防げる攻撃だっただろうと、内心から叱られてしまった。 「悪いな、朱冴道。そこまで思考できなかった」  全身の痛みを耐えながら、紡いだ言葉に力はない。  というか、喜漸の使ったマグメルは無差別に魔力供給するから、悪手だったんじゃないのかとも思えるけれど。  責めたところで後の祭り。 「死にはしない、か」 「当たり前だ、死なないように手加減しているんだからな」  すぐ近くにマクナが立っている。その視線は覗えないが、相変わらず冷えているのは見えている。砌とは種類の違う冷徹さだ。 「人は痛みだけで死ねてしまうからな。そうならない程度には加減している。まあ、おまえは痛みには強いのだろう? その目が語っているよ」 「だからなんだよ。あんた、一体何をしたいんだ」  衣津美と同じだよ、と返ってきた。 「実力の見極め。衣津美は及第点を出したようだが、それは武術と呪術における話さ。魔術師に対する対処の仕方としては落第点しか出せないな、今のおまえには」  ぎり、と自分の歯が鳴るのが聞こえる。  文句のつけようがない。自分の実力不足を痛みを以て理解しているのだから。 「…………これではリンケージの役にも立たん。仁、魔術を学べ。おまえにはその知識が足りんよ」  リンケージ? 連結って、何の……。 「解らないか、それがおまえの業だろう? 知らぬは罪だ、知っているくせに」 「くっ……」  マクナは後方からの銃弾を正確に躱しきり、そして。  靴から青白い光を放って跳び上がる。 「甘いぞ、ジグ。高速移動しか出来んおまえの技術で私を殺せるか」 「彼を見逃すというのか? それとも」 「言ったはずだ、仁は魔術を知る必要がある。それに」そこで一瞬だけ迷うように間を置いてから、「…………その全てを式にぶつけなければ、何も得られんのさ。輪廻の全てをあいつは欲しがっているからな」 「ふ、そうかい。だがその前に、君は既に捉えられているだろうに」 「ん? ああ、知っているさ。そもそもここに結界を用意していただろう、逃げるのならばおまえを殺すしかないことくらいは知っているさ」 「殺せるのか、俺を」  その問いにマクナは、さあどうかな、とぼかした返答をしていた。  そしてその間に、僕はゆっくりと立ち上がっていた。 「…………」  息を切らして、相手を見るが。既に抵抗する力はない。正確には痛みが行動を妨げる状態では十全には行動できないのだ。 「見逃してくれるんなら、有り難いけどさ。それって、結局誰のための行動なんだ?」 「自分のためだろ、知っていることを他人に確認するなよ」 「……同じか、あんたも」  そうだ、と肯かれる。僕の考えと、同じ。  人間は誰しも自分を最優先する、エゴイスト。そうであれと僕は教えられて生きてきた。  それは決して自己中心とも傍若無人とも同じではなく。 「だからこそ式を好かないのだろう、おまえは」 「…………そうかもな」  そこで僕に向けていた殺意を外し、マクナはジグに向き直る。  二人が同時に動き出そうとした瞬間に、何かの気配を上空から感じていた。 「?」  視線を向けたのは僕だけのようで、他は誰も追従しない。その視界に鮮やかな朱色を収めた時、彼女の警笛のように喉を酷使する甲高い声が響いていた。 「すとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぷ!」  高速で落下してきてマクナとジグの間に割り込んできた少女に、僕を含める全員が瞬間的に硬直していた。 「…………な、何だ?」 「君は、一体」  魔術師二人は困惑しながら、ふわふわしたコスプレ衣装に身を包んだ彼女を見ている。 「断溝……? 何でここに」 「………………叶多。いや、今は」  そう。僕が以前から気にしている、その少女が。 「陽山町管理代行チーム、魔法少女「ボルケーノ」! 管理区域内での違法戦闘行為を確認しました!」  やたらとでかい声で状況を確認していく。その剣幕に魔術師は未だ惑っているようだ。  ボルケーノ、というのが呼び名で良いのだろうか、火山とは凄いネーミングだが。 「異常事態につきお二人を拘束します! 抵抗しないように!」 「おっと、俺もか」 「いや、逃げるけどね」  マクナは右手を、人差し指だけ立てて断溝に向ける。その指先に赤い光が溜まっていくのを認めた彼女は、さっきの喜漸と同じように脚を地面に叩きつけた。  すると、マクナの手から光が消えていく。揺らいで、蝋燭の火のように、ふっと。 「これは…………」 「抵抗は無意味ですよ? ほら」  見れば、マクナが滞空できずに着地している。 「魔障域(カーシィゾーン)か!」  魔術を無効化するフィールドを展開したらしい。その意味は解るし、魔術師には致命的な効果を持つだろう。 「そんなもので、捉えられるとでも―――」  そう言いかけたマクナの顔の横を、朱い焔が通り抜けていく。熱はここまでは伝わらないけれど、それがどういう事象なのかは解ってしまう。 「呪術、か」  断溝叶多の本来の力を、この状態でも使える。喜漸は言わなかったけれど。
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