第二節「わたしには見えない手を」

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「……う、もう無理……」  やはりというか順当にと言うか、叶多が真っ先にリタイアしてしまう。断食状態からいきなり大食いというのがそもそも無理があったのだ。 「お腹痛い」 「休んでろよ、横になってて良いから」 「げふっ。むぐむー」  次に音を上げたのは藍樹だ。少食でもない彼でも、流石に限度は超えてしまうらしい。  一キロ以上詰め込んでいるのは大したものだろう。 「もじゅー」 「おい、言い出したのお前だろ」  続いて涼がギブアップ。早食いでもない涼は半分ほどしか食べれていない。 「予想外に麺が増えるんだもん…………」 「それくらい最初に予想しておけよ」 「う、ぐう。もう少し」  時間切れ間際に僕が食べきった。流石にこの量では限界すれすれだ。少し動くと吐きそうになるのだが。 「はい、終了です」  という店員の声で終わったかな、と思っていると、何故か周囲で見ていた客から拍手が上がる。なんだと思っていると、僕以外の全員の丼が空になっているのだ。 「…………全然、足りないよ」 「喜漸? それ、どこに入っていったんだ」  まさか、一番小柄な喜漸が全員分食べきってしまっていた。 「胃の中だけど……どうしよう。こんなに食べたら、病気に……なる」  というか平然としすぎだろ。感情表現がどうとかって話じゃなくなっているんだけど。 「なんで食事で命の危機を感じなきゃいけないんだ…………」  あらゆる意味で、そう呟くのだった。  家に戻ると、全員がリビングで何も言わずに転がってしまう。喜漸にしても、あの量は入っても、食べると眠くなるらしい。仕方ないことだ。 「お前たち、何をしているんだ」  そんな僕らを母が呆れたように眺めていた。  あー、と碌に返答もできずに唸っていると、まあいいさと続けてくる。 「実明から連絡来ていたが。仁は病院に行くんだろう?」 「そうだな。……そんなこと報告してたかな」 「オレが言っておいたよ。一応の監視役を任されているからさ」  藍樹が口を挟んできた。いつの間に監視役を任されていたのかは知らないけれど、なんだか周囲の環境が面倒臭いことになっているなと呆れそうだった。 「母さんは、ジグって魔術師を知っている?」 「ジグ? ああ、リニアレイルのことか。知っているさ、彼はルーメアの飛行術式の講師だからな、面識もある」 「そうか。あの人にも助けられたから、礼を言っておきたかったんだけど」 「私が言っておくよ。どうせ管理の人間に捕らえられているだけなんだろう? それならばこちらの管轄だ、伝言くらい容易だよ」 「……助かる」  ああ、と母は応え。 「取り敢えず、起きろ。お前を医者に診せる必要があるだろう」 「うん。今、起きるから」  痛む身体に活を入れて、ゆっくりと起こしていく。それを見ている皆が、一様に不安げにしているのを後ろめたく思うのだった。 「仁、おまえは本当に面白い奴だよ」 「何をわかりきったことを。何度も聞いたぜ、それ」  そうかな、と何故か母はとぼけてみせた。ステアリングを握りながら、しかしその手には力が入っていない。  自動運転の車も珍しくないので、母はそれを早い時点で購入していた。  とはいえ、オートパイロットは未だ発展途上らしいという。人工知能の発展が進めば、もっと簡単に作れるだろうし、その時はほぼすべての操舵系が完全自動操縦に移行するらしいとは聞いていた。 「まあ、今更な話か。しかしな、無闇に周囲の心証を悪くするのはいただけない。おまえは自分を蔑ろにしすぎだと何度言われている?」  百や二百ではきかないだろう、と記憶を探るまでもなく答えを出せる。  それを知っていながら訊いてくる母も少し意地が悪いが、しかしそれも僕に対する心配から来ているのだろうとは口調の端に見えてはいるのだ。 「仕方ないさ、自分のことには熱くなれないんだ。……壊れているとは自覚しているんだけどね」 「原因は、解っているが。それを超えるのは難しいか?」 「………………………。今は、まだ」  そうか、と咎める様子もなかった。傷の痛みで覚束ない意識の中で、その響きは緩やかに染み入ってくる。  気付いているのだろう、とは付け足してきたけれど。 「解っているよ。でも、それは僕には駄目だ。あいつの好意は、僕には少し重すぎる」  そうだな。そう言って何も言わなかった。  そうやっていると、既に病院の前に着いていた。人口四万人とはいえ、面積が大きな街ではなく。中心街にはすぐに着いてしまうのだ。 「ほら、行くぞ」  頷いて、扉を開いた。
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