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「うわー、すごい厚みだねー」
家に帰ってきて最初に原稿の束を見た涼の反応がそれだった。
百音丘桃という人物について聞いてみると、学校でのホームルームが同じらしく、知らないことを色々と訊きたいというのだが。
「これを読めばわかるんじゃないかな」
そう返すしかないのだ、残念ながら。
「見る限りはライトノベルとは違う感じだね。もっと重めというか」
「そうだなあ、純文学とも違うし、一般文芸とも寄りつかないというか。混ざり合っているようにも見えるよ」
色々な要素を混ぜ込んだ粘度の高い液体のような。
「喩えると、コーンポタージュみたいな感じ。百音丘さんって、面白そうな人だね」
今までに見たことがないタイプの人間であることは確かだった。僕だって面白いと思うくらいだから。
みんなで読んでみようかと母が提案し、その原稿をリビングのテーブルの上にまとめて置いておく。暇なときに読んでみて、思ったことを脇にあるノートに書きつけるようにしてみた。
まあ、特にいつまでに感想を欲しいとは言われなかったけれど、遅すぎない方が良いだろう。そういうものはバランスが大事にも思える。
「さて」
と、早速一番上の原稿を手に取って、ソファに腰かける。タイトルは『アイオライト』。
「………………………………………………………………………」
用紙を二枚三枚と次々にめくっていく。
濃度の高い文章で構成されていて、実際にはそんな読み飛ばしているわけではないのだけれど、それでも目の動きは止まらずに、情報が次々と脳内で展開されていく。
「…………ん」
ふと眩暈を覚え、視線を原稿から外せば。隣で不思議そうにしている喜漸が「あ、」と声を発した。
どうかしたかと問うと、指を壁にかかっている時計に向ける。
五時二十分。
夕方らしく、太陽が橙に変化し始めているのが見える。
「お腹空いた……」
「…………うん。こっちも疲れてきたけど、ね。んにぃ……」
硬直していた筋肉をほぐすように伸びをして、栞を挟んで置いておいた。
喜漸の隣で同じようにしていた藍樹が興味深そうに僕を見ている。なんだよ、と問えば彼は面白そうにくつくつと笑い始めた。
「仁はなんつーか、集中が深いよな。さっきからニアと断溝が声を掛けてたの、気付かなかったのか?」
「え?」
反対側に居るニアが不機嫌に頬を膨らしているのに気付く。
普通に可愛い。
「どうしたんだよ。そんな顔して」
「別に、いいんだけどね。無視されてるわけでもないから。でも」
トランス状態を心配するのは普通じゃないのかな?
不可解に表情を歪めたまま、そこに不安を混ぜて首を傾げた。
没入しすぎだと言われると否定のしようがないけれど、それは別にVRとかと何ら変わりない感覚なので、今更自分ではどうとも思いはしないのだった。
「そりゃ、悪かったな。でも、こんなことは日常だから」
「ふうん? そんな日常ってあるのかな」
さあ、よくわからない。そう返すしかなかった。
でも、面白いことに熱中するのは悪いことではないと思うけれど。そういうとニアはそうかもね、と懐かしむような表情でどこかを見ていた。
「じゃあ、そろそろ夕飯にするかな」
立ち上がると、痺れていた脚がふらつく。
それを制御して歩いていき、冷蔵庫を開くのだった。
「藍樹はここで食べていくのか?」
「いや、今日は帰るよ。またな」
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