第三節「見つくる見つる射抜く眼を」

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「んぐうっ!」  叶多の放った焔と僕の放った焔。それぞれ性質の違う二つが荒哉の前で衝突したときに起こったのは大規模な爆発だった。  その爆風で荒哉は屋根の上から弾き落とされ、僕ら二人も反対側に吹き飛ばされていたが。その落下の途中でニアが僕らを掴み上げて隣の家の屋根をステップしながら加速しそのまま道路に着地していた。  その衝撃自体は殺しきれるものでもなく、アスファルトの地面に小さなクレーターができている。 「痛う……流石にこの攻撃は諸刃の剣だな」 「まあ、同系統の術師がいないと成立しない緊急回避ってだけで、有利には働かないね」  叶多も同意見だけれど、何故かニアは何も言わない。 「……666、か。ちょっと厄介だよ、彼ら」 「うん、聞いてるさ。そもそもが母さんとの関わりだから」  柳廉の生物開発部門から分離した人間の究極化という方向性は、決して不自然なそれではなかったけれど。その根幹となる設計思想が何というか宗教的過ぎるのだ。 「彼ら、わたしさえもそういう目で見ていたからね。普通に遠ざけてたんだけどな」  そりゃあ、真祖の不老不死という特性は彼らの求めるものにひどく近いだろう。一人で人生を完結する完全な存在というそれに取り憑かれているその人物に、どう思うかを尋ねてみたいものだが。 「人間を終わらせるなんて思想を、どうやって意味のあることにするかを考え続けている印象だよ。まるで言い訳のように」  心底から嫌がるようなニアの台詞に、僕は仕方ないよなと思うしかない。  立ち上がって、脚の埃を払う。荒哉は追ってこないが、このままいなくなるとも思えないし家の方が危険だと解っているのですぐに戻っていく。  飛ぶように進んでいくニアと本当に飛んでいる叶多は楽そうだった。 「なんで僕はこう……」  言いかけた言葉を呑み込む。愚痴ったところで仕方ないと解っているのだ。  とにかく走るしかなく、玄関先に戻ってきた時には見知らぬ誰かがこちらに無機質な視線を向けている。  両手に銃を持った蒼い髪の女性、背の高い黒髪の青年、そしてさっき吹き飛ばした牛鍵荒哉。どこまでも光のない眼で僕を射抜くように視界に捉えるその表情がひどく恐ろしい。 「…………冷静ですね。随分と母親に似ている」 「…………冷静な訳がないだろう、この状況で」  内心動揺しまくりなのを隠しているだけだ。恐怖で激昂が相殺されて動けなくなっている意味不明な心情を理解できているとは思えなかった。 「で、何の用なんだ?」 「不遜。だが、そのくらいでいいのかもしれないな、君は」 「家を壊した奴に払う敬意なんかねえよ。寝惚けるな」  くそ、口は適当にくるくると回りやがる。本心でないことを次々紡いでいく癖は治りやしない。  まあ、だからといって下手に出るのも癪なんだけど。 「何をしに来たんだ、ここまで大仰な真似をしてまで――――僕らに何を求めている」  刀を向けて、あえて挑発するように切っ先を揺らしてみせる。それで効果があるとは思えないが。  決まっているでしょう、と女性は言うが。  何も決まっちゃいねえよ、と返すのみだ。 「君の持つ「永遠」が欲しいのですよ。それだけです」  勿論、それは覇久磨さんも同様ですけれどね、と付け足すように言う。本当にただ付け足しただけなのかはよくわからない。  そんなものを欲して何になるというのか、今ひとつよくわからない。 「わからないか、まあ中学生の頭じゃあそんなもんだろうな」  それは否定できないけれど。しかし、僕が訊いているのは彼らの目的ではない。ここで何をしようとしているのかだ。僕に対して何をしようとそれは受けて抗うのみだが、他の人を巻き込んでまで行う意図がどうにも読めないのが不気味でしかない。  それとも、何を犠牲にしてもかまわないという意志に僕が出遭ったことがないだけなのか。  このまま焼き尽くしてやろうかとも思ったけれど、正面に荒哉が立ち塞がっている以上はおそらく防がれるだろう。  霊力を喰ってしまっているらしいその異能をクリアできないのでは、僕の尽きない霊力なんてものもまるで役に立たない。  こちら側の突破口になり得るのは霊力そのものを持たないニアくらいのものだけれど。  しかし先の攻撃を防がれた事実が、それも無効化されることをとうに理解していた。 「チーム、か」 「その通りですよ、仁君。あなた方の致命的な弱点、でしょう」  チームワークの決定的な欠如。皆が皆個人で動いてしまう特性から来る連携の取れなさは確かに弱点と言ってしかるべきだった。  ぐうの音もない。ただ奥歯を噛みしめるだけで、返答すらできないでいる。 「まあ、その自由さも嫌いではありませんが」  どっちだ。  言いつつ、女性は家の中に向かって銃を構える。 「何を、」と言った瞬間に重い銃声が響く。まるで砲撃のような重低音の混じる破裂音が足元を震わせた。「してんだ―――」 「…………あああっ!」  家の中から聞こえた悲鳴と、ニアの怒号がシンクロしてその残響を切り裂く。  それを認識する前に前進していたニアのシルエットが、虹色の粉末を撒き散らしているのには気付けず。  気が付けば家の前の地面が爆発しているのに巻き込まれている。 「…………っぐ!」  吹き飛んで、無様に地面を転がっているところに、荒哉が真上から落ちてくる。  底のない沼のような笑みを湛えながら、僕の首を抑えて仰向けに叩きつけた。 「か、はっ」  声も出せない僕を見て、どこかつまらなそうな色を視線に混ぜながら。  抑えつけたまま口を開く。 「――――――――――――――――――――――」  同時に自分の身体が異常に重くなり、動かせなくなっていた。まるで重力が増したかのように、しかしそれは自分の筋力が急激に落ちているのを自覚して。  そう、僕が体質的に経験するはずのなかった「スキルアウト」と呼ばれる現象だ。 「なん、で」  声も上げられず、ただ抑えつけられる。まるで狩りの獲物だ。  遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえる。その色は判らないけれど、それでも。 「寝てんな、朱冴道……!」  唸るように呟けば、魂らしきものに刻まれた神の意識が浮かび上がる。  視界全てを朱く染め上げて、爆発するように焔が噴き上がった。  その一瞬前に異変を感じたのだろう、荒哉が僕の首を放して砂煙の奥に消えていく。 「……っ、ふう、ふう」 「仁くん!」  汗に濡れる全身を震わせて、後ろから声を掛ける叶多に視線を送る。その表情には困惑が浮かんでいるけれど、僕は大丈夫と短く発して向き直り走り出す。  もう辺りは意味不明な状況だ。  だが、敵がいる。  そう考えれば実は単純なのかもしれない。 「………………こう、して。こうだな」  以前戦ったことのある相手の動きを思い出す。あの時は必死になりすぎていて分析も何もなかったけれど、今ははっきりと映像で記憶している。  その動きをトレースしながら、朱い光を纏う刀を振り上げた。 「旱南風っ!」  前方の道路全部を呑み込む規模の霊力が奔る。込めた霊力量もその変換効率も異様なまでに高い。  直接教わることができないのなら、その技は盗むしかない。  とはいえ、化野衣津美がどうやって光牙流の技を知ったのかはよくわからないままだけれど。そんなことはどうでもいい。  その衝撃を追うように前進し続ける。今の攻撃はあくまで威嚇でしかなく、次にどうするかをこの瞬間に決める必要があった。  真っ先に僕を狙うだろう荒哉を抑え込めれば、まず僕は死ぬこと自体はないだろう。  そして銃で武装しているらしき青髪はニアの能力で上回れるはず。  問題は、残り一人だ。  他の二人とは明らかに違う「底知れなさ」を感じているのだ。  暗さや落ち着きとは一線を画す、母とよく似た揺らがない感覚。どこまでも平坦な水面のような静けさは、僕の心の揺らぎとは非常に相性が悪い。  できれば対峙したくはない相手だろう。 「だからこそ、僕が行くんだ」  相手に殺す気がないと解っている以上は、こちらは逆に死ぬ気で戦える。それだけのことだった。 「殺す気で行くから、全力で手加減してくれよ」  どこかで聞いた台詞を思い出しながら、全力で地面を蹴る。  焔を散らして、風顕を発動。全身に風を纏って砂煙を吹き飛ばしながら前進する。  開けた視界の奥で黒髪の男がこちらをしっかりと見据えている。だが、僕の突進を見ても表情を動かすことはない。  初太刀で決めるしか勝つチャンスはない。僕の可能な限りの最大威力技を叩き込むしかないのだ。  風を纏った影楼を引き絞り、リーチに入ると同時に真横に振りきる。自分の筋力と柔軟性を最大まで利用した最速の攻撃だった。  同時に風の刃が無数に追従し相手を切り刻むように奔る。  クラッキングストリーム、なんてそんな微妙な技名にはしたくないけれど。  振り切った刀が、何かを叩き割るような「ばしゃあ」という音を拡げるも、そんなことを気にする余裕は無い。一撃で有効なダメージを与えられなかったその事実があるだけだ。 「………………、これは」  相手も流石に驚いたように呟く。彼の頬に一か所だけ切り傷ができているが、それだけだった。  ぐっ、と視線が白い光を帯びている。おそらく跳び退ることに意味はない。ならば至近距離まで近づいて刺し違えるのみだ。  刀の切っ先は既に相手を捉えている。そのまま反転して振れば防御に思考を割り振らせることができるだろうと判断し、風を解放しながらさらに前進。 「――――――――!」  相手の表情が明らかに歪む、けれど。  それは驚いただけで、単に予想外の行動に対応が遅れただけのことだった。 「っ⁉」  次の瞬間には、僕の体躯は見えない何かに大きく弾き飛ばされている。  認識したと同時に空中で翻り、姿勢を戻して急停止。もう一度向かっていこうとする僕に対して、相手はくっと顎をしゃくってみせた。 「っあ⁉」  鋭い痛みが全身に走る。それが認識できている頃には僕は地面に打ち落とされていた。  全身のあらゆるところを浅く切られているのがわかる。死なない程度に痛いのは、慈悲などではないだろう。  しかし、これでは碌に抵抗もできない。痛いというか、まるで腱が切れているように動かせない。  くそ、ここまで自分の体質を見抜かれているとは。  集中もできないので、霊力も魔力も起動しない。その事実だけでは心を折るには足りないけれど、状況だけ見れば絶望的であることは間違いない。 「…………ぐ、ぐ」  全身に力が入らない。僕自身に打つ手はもうないのだけれど。  相手が近寄ってくる。悠然とした歩みで、しかしここに至っても僕の行動を警戒したままの表情で。  似ている、と感じた。その内心に僅かな恐怖を隠している顔色そのものが。
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