第四節「喰い尽くされどありえるのは」

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第四節「喰い尽くされどありえるのは」

 1  ぽけー、とまさか口に出されるとは思わなかった。 「落差が激しすぎる。あの時のニアは何だったんだ?」 「そうは言うけれど、ね。ちょっとショックなんだよ」  このわたしが異能者なんかに出し抜かれるなんて、なんて言っても。そもそも僕らを護るように動いていたニアのことを能力が低いという奴などそうはいるまい。  彼女が居なければ、僕は既にここには居なかっただろうし。 「叶多は?」 「傷は深いけれど、辛うじて命には係わらないって。かなり手加減されていたみたいだからね」  そっか、と息を吐きながら応じれば、その奥にある感情を見透かすようにニアが笑う。 「まあ、安心したよ。仁くんはそこまで重傷でもないし」 「喜漸も右腕を切っただけだったか。まあ、銃で撃たれてその程度なら上々なんだろうけどな……」  むしろそれを阻止できなかった僕の問題でもあるだろう。  そんな思考を見抜かれたのか、ニアが僕の頭を指でくい、と押してきた。 「抱え込みすぎ。きみ一人で全てを護れるとは思わないことだよ?」 「そうだな。分かってる」  それで、と僕は問うた。 「あのメモリに入っていたものは何だったんだ」 「ん……」  ニアは何か言いにくそうに唸る。彼女が理解できない内容であれば、聞き出そうとも思わないし。どうせ母とも共有しているだろうから、そっちに行くだけだ。  座っているベッドの上で何かを迷っているニアの様子を見ていると、不思議とそわそわとしてしまうが、何の感情だろうか。 「不老不死の人間を作る研究って知ってる?」 「んー、聞いたことあるようなないような」  記憶が少し曖昧なのは頭の怪我のせいではないはずだ。  確かそれは、母が以前に少しだけ言っていたような気がする、そう応えるとニアはそうなんだねとしかし驚きもなく戻してきた。 「技術的には666は柳廉よりは劣るけれど、その研究に関してだけは圧倒的だって海奈ちゃんも言ってた。その本質はどこか宗教的そして魔術的要素をはらんでいるとも」  エリクシールって知ってる?  首を振る。流石にその辺りには知識はない。 「ふうん。仁くんは歳の割には博識だと思ってたけど」 「いや、同年代で言うなら海人くんのが頭抜けてる。あの人のやり口を真似してるだけだからさ、色々な部分でね」  偽りのない本質的な性質の違いを、なんとなく受け入れたうえで取り入れる。  それを繰り返していたのが僕と遠田海人の共通する特質だ。 「そっか。まあ、能力的にはそんなに変わらないと思うけどね」  ともかく、とニアは話を進めていく。 「霊薬、って書くんだ。錬金術におけるあらゆる物質の触媒になる「賢者の石」から発生する不死の妙薬。なんていうと、日本の昔話にもそんな話はあったよね」 「それこそ富士のことじゃないか。それはいいんだよ」 「まあ本質的には結構似てると思うけどね、人間の在り方を大きく変えてしまうっていう点において。さて、エリクシールの作り方って知ってる?」  知るわけがない。 「まあわたしも知り合いの魔術師に聞いただけだから、上手くは言えないんだけどね」  確か、人間数百人分の血液、魂、霊力。それらを凝縮して生まれるそれが、異常なまでに人間の体質を変化させる。そういうものだという。 「ふうん? まあそんなものを体内にぶち込まれれば、否応なしに体質は変化しそうなものだけどな」  ニアはまあそうだろうねと否定はしなかった。  魔術とか呪術とかの要素はこの際には関係しないだろうとそう思う話でしかないと、そういうことなんだけど。 「で、それが僕にどう関係してくるんだ?」  ある種の自覚を持ちながらの質問に対し、それを見抜いたように呆れた視線を向けられたが、あえて無視した。 「仁くん。君の持つエタニティそのものを指していることに気づかなかったのかな?」  そのレベルの霊力と血液を一人で賄える、天然の永久機関。それこそが僕という存在であると指摘されて、まあ納得できない話ではなかったが。  しかし天然ものという文言に関しては首を捻らざるを得ない。 「何か引っかかるの?」 「ん、まあ。僕の恒泉が自然発生的なものなのかって言うと、そこは疑問なんだよな」 「でも、稀人の体質だっていうのなら自然なものなんじゃないのかな」 「いや、違う」  ん? とニアは不可解そうに首を傾げる。 「そもそも僕の体質というか稀人としての特性は「高速代謝」だって話していたはずだけれど。忘れていたか?」 「別に忘れてないよ?」 「なら、判るだろうに。ただ代謝が速いだけの体質と無限に湧いて出てくる霊力というものに、基本的に関連性はないだろ」  高速代謝は基本的に傷の治りが早いだけの体質でしかないのだから、単純にそこと結び付けられるのも違うとしか感じないのだ。 「えーと、じゃあ」 「本質的に高速代謝と恒泉が別物だって話。おそらく、恒泉に関しては僕の生まれつきのものじゃないんだよね」 「……あれ、そうなんだ?」  その辺りを話していたかどうかを僕自身もあまり憶えてはいないので、無闇にニアの観察力が不足しているとは言いがたい部分もある。  それを差し引いても、確かに根本的に重複する部分の多い能力であるゆえに、誤認してしまっても不思議ではないのだけれど。 「んー。じゃあ、仁くんが恒泉を発現したのはいつ頃なの?」 「ええと……。自覚したのは六年前くらいかな。その頃にノエルと出会って、その体質を指摘されていたから」  ノエル、という名前にニアは嫌そうに目を細める。  どうかしたかと問うと、不機嫌そうな声であまり関わりたくない人だな、と漏らした。 「まあ、それはいいんだけどね。じゃあ、仁くんも人工的ってことかな」 「どうだろう。そこまではっきりと言い切れるものでもないから、ぼかしてるんだけど」  ふうん、とニアがどこか哀しそうに視線を逸らした。 「どうかした?」 「ううん。やっぱり仁くんも人間なんだなあって思って」  なんだそれは。別に憤慨することでもないけれど、正面から言われてしまうとなんとなくやりきれない。 「とは言っても、人間なんてほとんどブラックボックスみたいなもんなんだ。確実に言いきれる現象の方が少ないことくらいは判っているだろうに」 「まあそうだね……」  話を戻そうか、と僕が言い出せば。  ニアもそうだねと応じてくれる。 「不老不死の人間を作るドグマ。向こうでのプロジェクト名はどうなっているのかはよくわからないけれど、海奈ちゃんが創設時からその方向性は変わっていないはずだって言っていたよ」 「つうか、なんで母さんがそこに居たんだろうな」 「さあ、それは本人に訊いた方が早いと思うけど」  だろうね、と頷くしかない。 「最終人類。ラスターとも呼ばれるその在り方を目指しているのは確かだけど、その方向をどう定義するのかは外からじゃあ観測はできないかな」 「どっかの小説みたいだなあ。人間の完成をもって世界を終わらせるとか言い出しかねない危うさを感じるよ」  結果としてどういうアプローチをするのかが今ひとつ理解できないのが現実でしかないんだけど。  考えうる限りでは全ての能力の適性を可能な限り高めていくか、デジタルデバイスのように複数のアプリケーションを使い分けるような人格を形成するか、そのくらいしかないだろうけれど。 「その製作過程においては、色々な能力に秀でる白羽家の体質そのものが格好の研究対象だって言われたよ」  厄介だなあ。  僕がその中でもかなり特異な存在だと認識されているらしいけれど、それはあまり嬉しいものでもないのだけれど。 「まあ、人間の中で完成形に最も近いってなるとね……」  わたしは真祖だから、とどこか拒絶するような言い方をしているニアに対して掛けられる言葉はなかった。 「でも、人間の中にも永く生きている存在ってのは居るんだろ?」 「彼らは不死であっても不老ではないし、そもそもが限定的な能力しか持ち合わせていないから。衣津美ちゃんとか見れば判るんじゃない?」  あの人は参考にはならないけど。 「呪術特化って時点で、万能とは言いがたいってことだよ。あの人はその他の殆どの技術に関しては適性は高くないって話」 「ああ、そういうことか」  武術の練度がかなり高いようにも見えていたけれど、それも限定的な能力の範疇内ってことなんだろう。 「ならば尚更、僕のレベルで役立つとも思えないけどな」 「大事なのは仁くんの持つ資質の方だってことかもね。人格とかは見てないだろうし」  色々な意味で面倒臭い相手だろうねと、本当に嫌がるような仕種を見せてくる。  しかしニアのレベルであれば容易に跳ね返すことができるようにも思えるけれど。 「それは買い被りだよ」 「何も言ってなかったけど」 「大体判ったけど? 透けて見える」 「そんなに判りやすいかなあ……」  まあ正鵠を射た返答にはなっているので反論する気にもならないけれど。 「まあいいや。しかし不老不死を求めるなら、ニアに対して興味を向けるものじゃないのかな? あいつらの言い分だと、まるでニアをついでのように捉えている節があったけれど」 「んー。そもそもわたしがそこまで有名でもないからだろうね。いままでに真祖であることなんてほとんど誰にも言っていないしさ」  基本的に絶滅種の真祖が現代に存在しているなんて信じる人も居ないし、この時代には存在していないはずの生き物を正確に理解できる人間がいるわけもない。 「あくまで人間とほぼ同一の存在でしかないから、そこは意識されてないだけだろうけどね」 「結局、真祖って何なんだよ」  根本的な質問をぶつけると、ニアは腕を組んで考え込んでしまった。そこまで難しい質問をしたつもりもないのだけど、とこっちは頭を抱えそうだ。 「いいよ、そこまで考え込まなくても。別に適当に訊いただけなんだから」 「あ、そう?」  ならいいや、と腕を解いた彼女はそれでもと言っていた。 「いつかどこかでわたしの昔の知り合いたちと関わることもあるかもね」 「うん?」 「こうしてわたしが生きていること、そのものそれが何かの鍵になるような気がしているんだ――――なんとなくだけどね」  なんだかよくわからないことを言っているが。 「まあ、それは措いておいてだよ。仁くんはこれからどうするの?」  迷うような質問でもないだろうけれど、しかしその質問に対して答えることを躊躇ってしまったのはどういう理由なのだろうか。  まあなんにせよ、やるべきこと自体は既に決まっているのだけれど。 「流石に666そのものを叩き潰すとかはできないだろうし、追い返すしかないだろ」 「言うねえ。でも、簡単じゃないよ?」  解っている。一度でも及ばないと分かった時点で、それを無視することはできないのだ。  なおのこと、自分の可能なことを考える必要があるだろう。 「僕はそういう時に、よく考えろと言われてきているからさ。今までの経験の延長でしかないさ」 「君の場合は大体捨て身で切り抜けたって聞いてるけど。それで大丈夫とか言えるのかな」 「…………………………………………………」  正直、そろそろきつくなってきているとは感じていたが。  しかしそれを素直に吐露したところで何も変わりはしないと感じている。  その辺りを一人で抱え込んだことというのはほぼ無いのだけれど、だからこそ。その在りようが尚更難しくなっていることに対して危機感を覚えているのは当たり前なのだ。 「仁くん?」 「んー……。ああ、くそ」  苛立ちのままに頭を掻きむしって、目の前の台に頭を叩きつける。  病院の備品にそういうことをするのは良くないと解っていたけど、どうにも落ち着かないのはどういう訳だろう。  していると、その頭をニアが撫でていた。視線を向けると彼女は緩い笑顔を浮かべているけれど、その奥に困惑の色が薄く浮かんでいるのが見て取れる。  そのままでいる僕に対して、ニアは耳元に囁きかける。 「―――どうすればいい?」 「…………っ」  その振動が脳まで震わせ、思わず息を詰めた。 「…………。手を貸してほしいって言ったら、そうしてくれるのかな」 「当然だよ。わたしはそのために居るんだもの」  即答だった。頼もしすぎる。 「そっか、じゃあ」  僕は上体を戻して、ニアに向き合う。 「僕を、助けてくれ」
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