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3
「ううん…………」
喜漸が小さく唸りながら涼の用意したワンピースのフレアスカートを落ち着かない様子でいじっている。
「かわいいなー、音壊先輩って小さいから、こういう可愛いタイプの服が似合うよね」
「そう……かな」
「うんうん。いい感じだよ!」
何故か同席しているニアータも興奮した様子で頷いている。
「君は、こういうの…………趣味なの、かな」
「ん? どうだろうね、可愛い服は見ていて楽しいけど、あたしには似合わなくてさ。だからこうやって色んな人に着てもらいたいんだ」
喜漸は、その内にこの子はコスプレに走るんじゃないかと疑ってしまう。涼の持っている服のバリエーションがそれだけ多いのが不思議だった。
「先輩はどう思う? それはぴったりだと思うんだけど」
「…………わからない。むずかしい……」
……
女子達がわいわいと騒いでいる部屋の声を聞きながら、僕は母と音壊家に対する打ち合わせをしなければならなかった。
警告されている状況で不用意に動くのは危険だと分かっているけれど、それでも助けを求められて動かないほどに薄情なつもりもないのだ。
「その前にだ、仁の周辺情報の出入りが丸ごと封鎖されているのが気になるところだ。よほど、お前のことを隠しておきたいようなんだが、どう思う?」
「舎人の判断なら、無碍にするわけにもいかないだろ。そこは今は考えなくていいよ」
敢えて言うなら、無意味に尽きるけれどね。
なんとなくだけど、そう言ってしまった方がいい気がした。
母はそうかとだけ返し、次の話に移る。
「音壊家についてだが、現在父親が居ないそうだ。つまりは母子家庭だな。主な収入が不明で、副収入が喜漸の管理者としての対価。こちらは喜漸自身が学生であることを鑑みて五万円程度。当然、三人の親と姉弟を養える額じゃあない」
つまり、自立させる必要があるって事だろ?
でも、保護は受けたくない。
「そうだ。母親、音壊涙は行政による保護も萌崎家による援助も何故か拒絶している」
「どうしてだ? 萌崎の傘下に居れば、食うには困らないはずなのに」
「その通りとは言い難いな。現在でも舎人はその援助の対価に喜漸の呪術師としての力を借りている状態だ、恐らく……」
「それ以上を求められると、警戒している。か」
「多分以上のことは言えんがね。行政による保護には大した理由はあるまい、世間体がどうのこうのなど、取るに足らん理由だろうさ」
「喜漸の父親って、どうなっているんだ?」
「そうだな。現時点では行方不明扱いだよ。五年前に出て行ったきり、帰ってきておらず所在が確認できない。意味も無いことさ」
理由は分からないようだった。まあ、今回の件では関連はしないと思っているのだけど。
「弟の方だが、今は未就学らしい。恐らくは父親が居なくなる直前に残した子だとは思うが、あまり時間はなさそうだな」
喜漸の低い身長と、何か関係があるのだろうか。その環境が、彼女の発育を遅らせる原因になったと言えるのか、気になってしまう。
「激しいストレス、か? 有り得ん話ではないが、確証はないぞ」
「そっか。まあ、僕には分からないことだし」
対策は、どうすればいいだろう?
「一つは児童相談所、それで駄目なら警察署、最悪の手段として萌崎家、最後の手段で白羽家で保護する、それくらいしかないだろう。時間の掛かる案件だが、しかし先ずは相手の意思確認をせねばな」
通報するにしても、中学生である喜漸の意思があれば可能なはずだ。
「まあ、これは前哨戦だからな。気楽に構えて、適度に緊張しな」
「前哨戦か」
「そうだ。音壊家の後には断溝家にお前の意識が向くのだろう? ならば、交渉のやり方くらいは心得ておけ」
「解ったよ、そうする」
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