偽りの感情

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「彼の轢かれた場所は人通りがとても少ない場所だったんです……旧商店街の裏路裏でした……」 「なんでまたそんなところに」 乃亜さんの目が大きく開かれた。反応は少しオーバーにも思えたがきちんと聞いていくれている実感が湧く。常に相手の言葉にしっかり耳を傾けてくれるからやっぱりこの人は温かいんだと思う。 旧商店街の裏路地なんて歓楽街からも離れているから酔っ払いすらもあまり通らない。昔から定期的に関係のこじれた恋人や決闘する不良とか、そういう人たちが事件を起こすような危ない場所だった。普通に生活していたらあまり通らない場所。 「多分私が“急いで来て!助けて!”って連絡したから最短ルートで来てくれたんだと思います……」 「何か大変なことでも起きたの?」 「家にあの茶色いすばしっこいのが出たので…私じゃどうにもできそうになくて助けに来てもらおうかと思って……」 ありのまま伝えると乃亜さんは「まあ……」と一言簡単に言って少し目を瞑り深い呼吸をした。部屋の中に乃亜さんの規則正しい呼吸音が響いていた私はそこに自分の呼吸音を混ぜてはいけないような気がして息を殺して乃亜さんの続きの言葉を待った。 「そんなことがあったのね……でもそれはあなたが自分を責めることではないわ。」 ゆっくりと目を開けて乃亜さんは赦しを与えるような口調で言う。 「でも、もし私が彼にうちに来るようなこと言わなければきっと彼は事故には遭わなかったんです……」 私はハンカチで目元をゆっくりと抑えた。 「それは気にしすぎだわ。少し大げさよ。」 「いえ、でも……」 それを聞いて乃亜さんは今度は大きなため息を吐き出した。深い深い心の奥から出てきた息が私の周りをぐるりぐるりと覆っているように感じた。じわりじわりと私の周囲から渦巻き状に心の中へと乃亜さんの吐き出した空気が進んでいくように感じた。 私は多分逃げられない。このまま乃亜さんに伝える本当の目的を隠したまま帰ってしまうときっとずっと後悔してしまう。
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