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乃亜さんは笑顔だった。でもその笑顔がいつもと違うように見えた。気のせいならどれだけ良かっただろうか。座った私を抱きしめている乃亜さんの笑顔はいつもの全てを赦すような笑顔ではなかった。嘲笑のような小バカにするような、赦しとは程遠い笑顔だった。
乃亜さんはきっと見抜いたのだ。私の泣いている理由が心底の罪悪感ではなく、ただ自分が楽になりたいがためのものであることを。そしてその上で私のことを拒んでいる。乃亜さんは私に吐き出させる気なんてさらさら無いのだ。私を楽にさせる気なんてないんだ……
初めてみる乃亜さんの表情に怖くなって慌てて目を逸らし、一旦元通り乃亜さんの部屋着に顔を埋めてゆっくりと乃亜さんの体から離れた。
「もうそろそろ帰ります……」
「大丈夫なの?」
中腰になってこちらを見つめてきた乃亜さんの表情はいつもの、私のよく知っている全てを赦す乃亜さんだった。私は一生懸命の作り笑顔を乃亜さんに向けた。
もしかしたら気のせいだったのかもしれないと強引に自分の記憶を書き換えようと努める。
「全部飲んで行ったら?」
乃亜さんはちらりと机の上のミルクココアに目をやったが、とても呑気に飲めるような精神状態ではなかった。物が胃にたどり着くとはとても思えない。静かに首を振り席を立ち上がった。玄関に向かう足取りが重くて黒くて丸い足枷でもつけているかのように感じた。私はきっとこの先も乃亜さんに伝えない限りずっとこの重たいものを引きずりながら生きていかなければならないのだろう……
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