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普通になれない少女の話
――徹頭徹尾、私は「普通」にはなれない。
べっとりと重たい空気が肌に纏わりつくような雨の季節が過ぎ、夏が本番を迎えようとしていた。暗い道に咲いていたカラフルな傘は雨雫を払い、コウモリみたいに羽を広げて玄関先に干されている。
ある、涼し気な夏の日だった。
海岸線に従って緩やかな弧を描く舗装路を歩き、いつも通りの朝にいつも通り学校へ向かう。特別な意味を求めるでもなく、ただ時間を貪るような三年間。
私は自分の名前を確認するように、毎日の儀式を行う。
こめかみを抑え、頭を挟む鈍痛が記憶を呼び覚ます感覚が、この体にすっかり慣れてしまった。
私は妻毬白音。ただの、白音だ。それ以上でもそれ以下でもなく、きっと何者にもなれないただの十六歳だ。膝丈で舞うひだが曖昧な紺と灰のチェックのスカートと、明後日の方向に飛び出しそうな細い毛を風に流す肩までのボブカットに手のひらに収まるくらいの胸のふくらみ。世界が私を認識するのは、その三つだけだ。それ以外の私の全てはない事にされ、黒く塗り潰される。それ以外が、あるとは頷けないけれど。
まるで、なんとかって効果みたいだ。
三つの点さえあれば、人の眼にはそれは人間の顔に見えてしまうというような。
私は女子高生という真っ黒な顔をしたただの白音だ。
その記憶に促されて、私はその仮面を被る。
私は、ただの女子高生になれればいい。なんの特徴もない、ただの十六歳になれればそれでいい。
はぁ、と息を吐く。
この息と一緒に魂まで抜けてしまいそうな力の抜けた音が聞こえた。そんな弱弱しさでは、身に付けた仮面がいつ剥がれるか分かったものではない。
「白音!おはよう」
「華馬倉くん」
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