普通になれない少女の話

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 暑ければ半袖を着ればいいのに、わざわざ長袖のワイシャツを肘までまくっているこの子は同じ学校の同い年、何とかって部活の華馬倉くんだ。下の名前は朧気で、確か(サトル)だとかって言ったっけ。  彼は私とは違って、普通の男子高校生だ。誰が決めたのか、短いが「自然」な髪にワイシャツとポケットが多い黒の長ズボン。やっぱり名前の見当たらない例の効果で、世界に認識されている彼は、きっと弁当に嫌いなものが入っている事に怒れるような日々の中で生きているのだろう。  それがどうって、言うわけじゃないけど。  これでも私と華馬倉くんは恋人という関係だから驚きだ。  ジジジジ――。  一週間の期限付きの蝉が同調してくれるように鳴く。  華馬倉くんは前に言った。 「俺と付き合ってください!」 「普通な感じ……あ、いやっ、そうじゃなくて、そのっ、せ!清楚なところ!が、好きで」  なるほど、私は清楚か。  つい一月前のその言葉を思い出すと、隣で嬉しそうに昨日のテレビ番組の話をする華馬倉くんには申し訳なくなってくる。  本当の私がどうあれ、華馬倉くんにとっては私はただの女子高生だったわけだ。  半ば学生の通学路になっている海沿いの道を歩く。  蝉の声、華馬倉くんの声、アスファルトを擦る音、他の学生の話し声。  視線を投げれば波が打ち付ける浜辺が映るこの道に、私の世界の私以外が生きていた。確認しなくても、私もきっと生きている。  何をなすでもなく、ただ現実から目を背けるようにして、私は生き続けている。  「普通」として振舞う事が、唯一無二の正しさであるかのように。 「あ、ねえ白音、あれ」 「……?」  声を弾ませていた華馬倉くんが私の肩を叩き、その手で示した方向には、人影が見えた。  赤みがかった茶色の髪の毛を腰まで伸ばし、サイドを白のリボンで纏めたその人は、私と同じ高校の制服を着ている。太陽を背に、切れ切れの雲を散りばめた空へ手を伸ばすその子は彫像のように微動だにしない。 「見ない子だ。髪、染めてるのかな?」 「どうだろ、遠いから」  遠くたって私には髪の色ははっきり見えていたけれど、その子に見惚れてうわ言になる。  はたから見れば、「おかしな」という形容がされるのだろうか。通り過ぎる学生たちはひそひそと顔を見合わせて話している。華馬倉くんもその子が珍しいのか、私に何か話しかけていたが、内容は入ってこなかった。  指にキラリと銀に光る指輪が眩しいその子は、傍を通る学生がいないかのように空を見つめたままだった。  その子のどこに私がこんなに惹かれるのか分からないまま、私と華馬倉くんもその子の横を通る。 「――」  その刹那、その子がちらりと私を見たような気が、して。 「…………?」  私の世界からすっかり華馬倉くんも他の学生も、いなくなってしまったのだった。  私がその少女と出会ったのは、そんな夏の日だった。  どうやったって普通にはなれない私には、眩しいくらいの自由さで、私を連れ出してくれた彼女の本当の願いを知っていたら――。  そう思えたら、やり直したい日々というのも見つかったのだろうか。
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