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第一章:空の向こうへ続く場所 ①
「ほーい、じゃあ気をつけて帰れよ。また明日」
帰りのホームルームが終わり、教室に弛緩した空気が流れる。一番憂鬱な時間だった。
いつかの私には何が起こるとも分からないのに、また明日だなんて言葉は、軽々しく使えなかった。その時は、明日が来るのが怖かったんだ。
けれど、今は違った。
明日が来るのは怖くなければ、また明日は滑るように口をつく。
「白音、またねー」
「あ、うん。また明日」
ひらひらと手を振る仲のいい友達にはにかみ、私は華馬倉くんを待った。
待つと言っても、適当に理由をつけて、家に帰ろうとしないだけだ。
何の部活に所属しているのかも、下の名前すらぼんやりしている彼氏なんて、欲しくなかった。でも、彼は私を普通と呼んだ。だから私を普通にしてくれるかと思って、付き合ったのだ。
「普通になんて、私はなれない」
私は、そんなものにはなれない。仮面をかぶっているだけだから。
「そういえば」
口の中で呟いて、今朝見かけた空を見上げる人影の事を思い出す。
雲でも掴もうとしているみたいだ。
そんなふあふあしたものを掴もうとしている割に、かちかちに固まったまま動かなかったあの子はちぐはぐだ。
「……転校生?」
鞄を持って、華馬倉くんが来るまでの時間潰しに図書室へ向かう最中、転校生の噂が聞こえた。今朝のあの子を見たら、ただ者ではないぞ、とか、宇宙人と交信していたんだとか、あの子自身が宇宙からの来訪者だとか、言われ放題だった。
そんな私も、図書室から進路を変えて職員室への来訪者になっていた。テストが近づき仕事に忙殺される先生たちの机はちょっとした宇宙みたいだ。
ワレワレワー、なんて心の中で言ってみる。
「ワレワレワ」
「ん?おい、妻毬、急にどうした?俺に用事があったんじゃないのか」
逆だった。これじゃあ私は宇宙人だ。
宇宙人ではない私は、宇宙人ではない先生に改めて尋ねる。
「すみません。ちょっと宇宙人が」
「宇宙人?」
「ああいえ、違くて。そのー、ひょっとして転校生とか来たりします?ここに」
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