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1話目
待ち合わせ場所を駅前にしたのは、失敗だったかな。
人の流れを眺めながら、僕は心の中でため息を吐いた。朱里はあまり、人が多いところが好きではない、と言っていた。
夜に片足突っ込んだ時間。ビルの看板が灯ってしまっている。見上げた空に、僕の吐いた白い息が溶けていった。
僕だって人ごみはそんなに得意じゃない。仕方ないんだ、今日が曇りだったから。
ここ三日間くらい、大学の研究室でグーグル検索しては、今日の天気が変わるのを願っていた。僕の研究室は天文学の一端。でも、天気は変えられない、残念ながら。雨じゃないのが不思議なくらいの、降水確率70パーセント。
「やぁ、待った?」
前触れなく肩をぽん、と叩かれて、僕は口から心臓が飛び出すかと思った。そういう登場の仕方はやめてくれって、散々言ったのに。
ニヤニヤとする朱里を睨んだけれど、全く効果はない。
「ごめん、ごめん」
ネオンのきらめきが、朱里の目に映り込んだ。心臓が跳ねる。僕は目をぎゅっと閉じて、そしてもう一回開いた。そこに、やっぱり朱里がいる。
この人込みでも、朱里は気分を悪くはしなかったみたいだ。僕は少しほっとした。
行こうか、と朱里を促した。僕たちは分厚い雲の下の、夕方の街を歩きだした。
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