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第1話「出会い」
宇宙ハ便チ是レ吾ガ心、
吾ガ心ハ則チ是レ宇宙。
千万世ノ前聖人ズルアルモ、
コノ心ニ同ジク、コノ理ニ同ジキナリ
「雑説」より
陸九淵の唯心論
「そんな仕事は一切お断りだ! そもそも、誰このオッサンてなるだろ!」
あらゆる楽器やガラクタで散らかった部屋に携帯電話を持った男の怒鳴り声が鳴り響く。
“いけますって~! 今一番旬な子役ですよ? 起死回生といきましょう!”
いつもチャラけた、契約レコード会社のミヤザキが受話器越しからも調子に乗っている。いつ聞いてもミヤザキの声には毎度のことながら虫唾が走る。
そして、あいつはいつもロクでもない仕事ばかり持ってくる。
「とにかく、俺はやらない! いい加減に俺の趣味趣向ぐらい覚えとけ!」
ミヤザキの次のいつもの甘い声作戦の前に電話を切りソファーに思い切り投げつけた。譜面の開いた机の椅子に腰を下ろし溜息をつく。
「はぁ…、まったく。俺はそんなに落ちぶれちゃいないっての」
(バンドでデビューしたものの、極コアなファンしかつかずに鳴かず飛ばずで契約が切れた。そんな無名三流音楽家だが、稼ぐ妻と運よく掴んだインスト作曲家で食いっぱぐれることはなかった。そういうプライドが少なからずある。子どもとデュエットだと? 馬鹿にするにも程がある。)
五反田の4LDKの一室、ゴチャゴチャとした製作部屋のキーボードを眺めていると、うるさい家内が顔を出してきた。
「はぁ? 聞こえたけど、十分あなたは落ちぶれてるでしょ」
「うるせぇなぁ、一応映画のサントラだって今請け負ってる身だよ」
僕は映画の仮設定の資料を妻に見せた。
「ミシュラン?」
妻が資料を手に取る。
「違う、ミッチェリンって読むらしい。ミッチェリンっていうあだ名の主人公の馬鹿な飼い犬がな、ドッグショーで奮闘。僅差で準優勝するという感動ストーリー、だそうだ。」
「準優勝? 随分中途半端ね…」
「俺も言ったさ、でもなんかそれの方がリアリティがあるってさ。でもパート2で念願の優勝ストーリーみたいだね」
「つまんなそうな映画…。続編はなくなって、その犬は準優勝で終わりね」
「かもな。でも、ありがたい仕事だ」
僕は窓の外から見える空を見ながら煙草に火をつけた。
「まーいいけど、この部屋ももっと片付けてくれない? このギターとかもうボロボロじゃない! いつになったら捨てるわけ?」
妻は部屋のドア近くに立てかけてある、錆びついた弦の張られたギターに向かって言った。
(ホント、わからないやつだ…)
「これは、俺の親友なんだって何度言ったらわかるんだ?」
「バッカじゃない?」
妻はそう捨て吐くと部屋を出て行った。
「…」
(こいつは捨てられない、こいつはあいつの象徴なんだ…)
僕はギターを眺めながら、あの日を思い出しながら、作ってあったリズムに乗せてキーボードを叩き始めた。
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