第2話「ジョニー」

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第2話「ジョニー」

 雲ひとつない真っ青な空の下、降り積もった雪の冷気と共に、温かい風に包まれる心地の良い日曜の午後、食事を済ませた僕はサンダルを履き、積もった雪に反射する眩い光の郵便受けの中をまさぐっていた。  ピザ屋や出前や不動産、そして新聞を取り出すと、見慣れない封筒が入っていた。 「…? あ、これは!」  以前、デモテープを送っていたレコード会社からの一通の手紙が、ポストに舞い込んでいた。僕はそれをデモテープの返事だとすぐに気づき、ポストからはみ出していた箇所に付いていた少しの雪を払うと大事に手に取り部屋へ駆け込んだ。ハサミを入れ、丁寧に封を空け中身を取り出す。中には一枚の手紙のようなものにポップな書体で色々書かれている。僕は息を呑み、その文章を読み始めた。 [はじめまして、聴かせていただきました。まだまだ荒削りな部分が多いですが、とても熱い気持ちが音楽に乗せられていると感じました。頑張ってください。写真も、もっと顔のわかる写真をお願いします] (な、なんだってぇ!)胸が高鳴る。  僕はその手紙を何度も何度も読み返した。このメッセージは僕の小さな小さな火に大量のガソリンを振りかけるように、燃え滾らせた。 「そうだ! ミュージシャンになろう! そして省吾と握手だ!」  すかさず僕はギターを手に取り弦を弾く。 「俺はぁ、走り続けるぅ、流星の様にぃぃ!」  僕は一日中、狂ったようにギターを弾き続けた。夢と目標がこの先続く未来へ走り始めた瞬間。乗り遅れずに走らなければ。 『…』  朝の目覚まし時計が鳴る、外はまだ真っ暗だ。飛び起きるがあまりの寒さに布団の温もりから抜けられない。毎朝のことながらこの布団から飛び出すことが一日の中で一番辛い行事だ。 「3,2,1、フォ!」  意を決して飛び出し即座に暖かいセーターを着てから学欄の袖に腕を通し、下はパジャマを履いたままズボンを履く。こうすると温もりはそのままで心地いい。一階に下り冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し誰も起きてないのでラッパ飲み。それから駅へと急ぐ。いつものようにホームで急行を待っていると、見慣れない女の子が二人僕の三メートル程先に立っていた。急行が来る一つ前に各駅が来るので後ろの壁間際でいつも僕は電車を待っているわけだ。すると、一人がチラチラと後ろにいる僕を見てはひそひそと二人で話している。耳を済ませると “ほらいるよ、早く早く” 二人の会話が微かに聞こえた。…待てよ、そうだ、今日は、バレンタインデーじゃなかったっけ。絶対そうだ。間違いない。 (もしかして俺なんじゃねえの…なんてな。うーん、僕はいつからこんな自惚れ屋さんになったのだろうか…)  電車のアナウンスと共に各駅電車がホームに滑り込む、それと同時に二人が僕の元に走ってきた。 (やっぱり!)自分の後ろには誰もいなかった。 「すみません、これ貰ってください!」  僕に弁当箱位の綺麗に装飾された箱を渡し、二人は素早く踵を返し各駅の電車に乗り込み電車と共に消えていった。 (こっこれはっ…! やっべぇ! マジか! こんなとこで貰っちまったよ!)  男子校の僕が、こんなものを貰ってしまった。同じように急行待ちの学生や会社員の注目を浴びてしまい、恥ずかしかった僕はいつもの場所から立ち去り、別のホームのブロックから次にやってきた急行に乗った。バレンタインチョコを貰ってしまった。 (絶対にこれはチョコだっ! そして、これが義理なわけがない!) 学校に着くと僕は教室に入るなり高々と箱を掲げた。 「朝、貰ったぜーっ!」僕は雄叫びを上げた。 「まさかそれは?」教室の喧騒の中、誰かの声が聞こえた。 「勿論、これはバレンタインだろ」次々と男が群がってきた。僕は箱を開け、みんなの前で手紙を読んだ。とってもかわいい字で大興奮だ。 内容的には、同じ急行に乗っていてずっと好きでした。チョコレート作ってみました。よければ付き合ってください、という感じの内容だった。みんな開いた口が塞がらないような感じでいる。なんとも凄まじいほどの優越感。この頃今回以外でも見知らぬ女の子から話し掛けられることも多かったので僕は実はモテるのかもしれないぞ、と自分自身に自信が湧いてきていた。  翌朝、いつもの急行に乗り、辺りを見渡した。昨日の子を発見。昨日はいきなりで顔を確認する事が出来なかったけど、小柄で今まで乗っていても気づかなかった。清純なお嬢様タイプだ。しかし、この身動きの取れない車両の中でどう接すればいいのだろうか。話すには遠く、掻き分けて近づくことは完全に不可能。彼女は僕を見ている、だが恥ずかしく会釈もできない。僕は表情で何かの合図をするように途中下車した。今の合図で降りてくれればいいのだけどな…。誰かが下車するために降りたホームの乗客が再びすべて乗る。 (あれ?)そのホームには僕しか残されたいなかった。 (おお! なんてこったい!)  どうやら、合図に気づいてくれなかったようだ…。まーしかたない、とりあえずもっと分かりやすいサインを考えてまた明日だな。と気楽に思っていたが、そんな明日が訪れる事はなかった。そう、翌日から同じ車両に彼女達の姿を見ることはなかった。途中で降りた僕が答えだと思ったのだろうか? 石原や岩田には当然のように笑われ、教室の羨望な眼差しは滑稽な眼差しへ変わっていた。なんだか、毎回結局はダメパターンが続き、僕の高校時代はこんな感じの笑いのネタばかりで終ってしまうのだろうか。  教室の喧騒の中、帰りの支度をしていると石原がやってきた。「タケル、タケル~、今日も行くだろ?」いつもの事だ。放課後恒例の池袋ナンパ。サンシャイン通りからサンシャインシティアルパの往復のいつものコース。  今日はメンバーとしては珍しい四人。いつもは、石原、岩田、僕の三人なのだけど、そこに付き合いの悪い、眉毛に始まりすべてが濃い筋肉ムキムキの長田(おさだ)が加わった。 「今日は俺も行くぜ~」  珍しくノリノリだ。池袋の東口の横断歩道を渡る。大型電気店前の雑踏を掻い潜りロッテリアを通り過ぎサンシャイン通りに入る。美人探しの散策が始まる。専ら対象は同じ制服の女子高生。こうして、毎日色々と知り合って遊んだりはするけれど、なかなか決め手になる女の子はいないものだ。まだ上はいるだろう、もっと可愛いのがいるだろう、と僕らは意味もなく自分を棚に上げて、高望みをしている。しかし、この日はなかなか上手くいかない。 「なんだよ、全然駄目じゃん。またお前等に騙されたよ、ったく」  デカイあくびをしながら長田がぼやいた。 「そんなこというなら毎日、誰か紹介してくれねぇ? とか言ってくるなよなー」石原がぼやく。 「こうやって探すだけでも結構骨が折れるんだって」  僕は石原に同調しながら言った。  確かに、誰も掴まらずに疲れるだけ疲れて帰るパターンも多かったのは確かではある。だけど、僕ら男子限定高校生徒達は、こうでもしなければ女の子と知り合う機会などないのだ。それは間違いない。しかも岩田は今日も相変わらずアタックもせず、付いてきては石原のアタックを「ガハハ」と笑うだけだった。  やがて陽が暮れ、誰も掴まらずに疲れるだけ疲れて帰るいつものパターンになった。今日は終始、街行く女高生眺めるだけのルッキングで終ったが、収穫もなく、もう懲り懲りで二度と付いてくることはないだろうと誰もが踏んでいた長田だったが、 「ったく、今日はしょうがねえけど、明日は必ずがんばろうぜぇ」と不思議なほど燃えていた。眺めていたら闘志に火がついたのだろうか、鼻を弄りながら太い眉毛の下の眼光が鋭く光っていた。僕は初めて燃える男と言うものを見た。三人と別れ、渋谷駅で地下鉄へ向かう人々に飲まれながら家路についた。  やがて、眺める車窓から目に映る黒い壁は、夜空に変わった。 「もうすぐ駅か…」  地下鉄の中は疲れ果てた顔ばかりでいつもうんざりしてくる。どうすればこんな人々の仲間に入らずに生きていくかを考える。好きな時間に仕事をすればいい、やはりミュージシャンしかないんだ。そんな風なことを普通に考える日々。  駅に着き、家へ向かう。駅前は割りと賑やかなのだけど、5分ほど歩くとほとんど人通りのない住宅街に入る。消えかかりそうな街灯ばかりの中、煙草をふかしながら歩いていると妙な寒気と視線を感じた。周りに気配を感じるわけではない、(なんだこの気配…、視線だけを感じる…)  忍び足で誰か付けている…? 様子を伺う。 「…誰もいないな」  僕は疲れているのだろうか? (結構今日は歩いたしなぁ…)  気を取り直し歩き始めた僕は、もう一度だけ隠れて後ろを確認しようと車の陰に身を潜めようとしたその時、初めて見る路地を見つけた。小学校から遊びまわっていた地元なので、ここらの地理は詳しい。 (あれ?“ここには路地はなかったはず。その路地の先はあまりにも暗い。妙に暗い。不気味に思いながらも進む。どこに繋がってるんだ? 普通に考えると、この先はあの空き地か?)色々想像するが、よくわからない…。 (幼い時から遊び回っていた街の今まで気付かなかった路地…、オカルトチックじゃないか…)オバケ系はかなりの苦手である。でもなぜだろう、僕は毎回怖いもの見たさに負ける。 (方向的に思わぬ近道になるかもしれない)  僕は意を決してその路地を通ることにした。街灯もなくかなりの暗さだったが、民家のようなものを通っているのはわかる。その先へ進むと道が分かれていた。真っ直ぐの路地と右に伸びる路地と左に伸びる路地。どちらも暗く先が見えない。なんか異様な感覚、違和感のある空間、何が普通じゃないとかではなく、表面は普通なのに剥くと中身が物凄く腐っている蜜柑のような感覚とでもいうのだろうか。しかし実際そんな蜜柑に中ったことはないが、なんとなくだ、なんとなく嫌な予感というか…。 「なんだここ…あっ!」  暗闇を抜けて辿りついたそこからの夜空は見たこともないような網状に輝く星空が広がっている。 「なんだこの星空は」  そう思ったその時、再び寒気がしたと同時に空間のどこかに妙な気配を感じた。 『へぇ…』気味の悪い声がした。 “ええっ!” 「ぅうわあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!」 僕は悲鳴をあげながら一目散に真っ直ぐの道を駆け抜けた。気づいたら見慣れた道になり、その先に自分の家が見えた。走るのを止めずそのまま玄関へ飛び込んだ。 「タケル、何やってたの? 夕飯温めて食べてね」  必死な僕の顔を見ても、冷静な母さんがいた。着替えに部屋へ向かう途中、歳の離れた弟二人がファミコンの奪い合いをしている。いつもの家だった。さっきまでの異空間のような感覚が嘘の様だった。部屋に入りパジャマに着替えると、やっと帰ってきたんだ…、と実感した。さっきの出来事を思い出そうとすると、今朝見た夢を思い出すようなおぼろげな記憶になっている…。居間のダイニングテーブルに腰掛け、温められたから揚げが置いてあった。マヨネーズをかけ、から揚げとご飯を口に運ぶ。 (美味い! 唐揚げはやっぱりマヨネーズ!)  最後のから揚げを頬張る僕の前に母さんが座った。おぼろげな記憶を辿り、さっきの不思議な道の話をしてみた。 「不思議な事もあるのねぇ」  とても興味のなさそうな返事だ。 「…? ちゃんと聞いてる? マジな話なんだよ!」 「はぁ…、それよりも、あんた勉強してるの? 遊びだけしかしてないように見えるんだけど…」やれやれ、また始まった。僕は母さんに適当な返事をして、足早に自分の部屋へ戻った。 「…しかし、あそこの路地は…? うーん、どこにあったっけ」  記憶は消え失せそうだ。(自分だけに見えていただけだったりして…。待てよ…、果たして自分が見ている世界と、他人が見ている世界って実は違ってるんじゃないか? 例えば、僕が見る弟は他の人からは全然違った顔に見えてしまうものだとする、三角形を見て僕が人にこれを「三角形」だと言うと、「四角形」に見える人が僕の話を聞くと「三角形」が「四角形」と変換されて聞こえているのかもしれない。そういう世界の可能性は否定できないよな。まぁ、どうでもいいか…。しかし、今日のブクロは疲れただけだった。そろそろ僕も彼女の一人や二人欲しいんだけどなぁ、高望みしてるわけじゃないのに。うまく行かないもんだ…、やれやれ、また寂しい独り言だよ…) 『…女なんてものはな、何処から見ても低劣なものなんだぜ。女固有の範囲内でも全く無能であるにも拘らず、依然として女がハバをきかせているのは、男が愚鈍だからだ』 「んっ?」  なんか聞こえた。愚鈍だとか何とか…モゴモゴした人間的な低音でダルそうな語り口調。今のは何処から聞こえたんだ?   部屋を見渡すが誰もいないのは分かりきっている。窓は、閉まっている。 テレビもつけていない、オーディオもつけていない。 (空耳だろうか? 脳内の勝手な妄想か…? いや…、待てよ気配を感じる。プッバカな…)  自然と笑みがこぼれる。 (弟二人はさっきファミコン部屋にいたし…、誰か呼んだ方がいいのだろうか…) 身体を起こし思いっきりクローゼットを開けた。 「いない。居るわけがない」  クローゼットの中は雪崩れが起きそうな積み重なった服だけしかない。 『聞こえるんだろ? オレの声が』 「えっ!?」  また声が聞こえた。妄想じゃない…、絶対にこの部屋何かが居ると確信した。“えぇぇ…”声が出ない…。 ビ!ィィィィィン…。  ギターの六弦の太い音が部屋に鳴り響いた。 『ここだよ、ここ。ジョニーと呼んでくれ』  ヤマハのアコースティックギターから聞こえた。僕がすぐさまギターの方へ目を向けると、穴の中に眼光が…、よく見えないがギョロリとした目玉が見える? (えっ! なんだありゃ!) 「…! ぅうわあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!」 「タケル、どうしたの!」  母さんが勢いよく扉を開き、部屋に飛び込んできた。 「あれっ! ギター!」  ギターのサウンドホールからの眼光は鋭いままだ。 「タケル、どうしたの。タケルまでおかしくなっちゃったの…」  僕は何度も説明したが母さんは理解不能のようだ。あれが、あれは見えてないのか? 「ほら、あのギターの穴だよっ! 穴!」 「もうやめてよ、あなたまで…」 (本当に見えてないのか? これは夢か…? いや夢じゃない!) 「…い、いや、なんでもないんだ…、怖い夢を見ていたのか? いやそうなのか? あれ、あ、夢を見てたみたいだ…」 「もう、驚かさないで」  母さんは涙ぐんでいた。実は僕の真ん中の弟は登校拒否をしている。時に暴れたりも…。母さんはそれも含め色々な苦労をしていることはわかっている。しっかりしていなければいけない長男の僕まで気が触れたとなっては、あまりにも母さんがかわいそう過ぎる。 「ホントゴメン、僕は大丈夫だから…」  精一杯、母さんを励まし、母さんを部屋の外へ出した。次は僕が落ち着く番だった。と気を落ち着かせギターを見た時には、ホールからの鋭い眼光は消えていた。(もしかして、ベッドで寝転んでて寝てしまっていたのかもしれない。本当にそうなのだろうか…? そうだったとしたら、かなりリアルな夢だ…。あそこまでリアルなのも珍しい。待てよ、一体いつから寝ていたんだろうか、あのなんかあった路地も夢だったのか。じゃあ、から揚げ食ったのも夢か。そう思ったらなんだか腹が減ってきたぞ)  あの日から、得体の知れないジョニーとかいう奴は姿を現さなかった。(あれは一体なんだったんだ…。まさか、呪いのギターとか? だから誰かが捨て、その後、石原が拾い僕の手元に来た。だったらどうしよう…。とりあえず様子を見よう。今これを失うわけにはいかない。あれは夢だったんだ)僕はその悪夢のようなものを振り払うように、日曜が来ればひたすらギターを弾き曲を作っていた。あのデモテープの返事を貰ってから、二、三回か再び送ってはいたものの、その後はコレといってピンとくる返事は来なかった。手応えのある返事もあったがそれ以上になることはなかった。僕にあのメッセージを書いてくれた人はもういないのだろうか、忘れられない熱心なあのポップな筆跡…、あの人が再び僕のテープを手にしてくれればいいのに。と痛切に思う。 「長田、おはよう。昨夜はどうだったんだよ!」 「ったく、なんでお前ら知ってんだよ」  少し嬉しそうな長田の表情。 「…岩田はあのまま彼女を帰したみたいだけど、長田は消えていったって聞いたぜー!」石原は興味津々だ。 「長田もよくあなブスとできるよな! ガハハ」岩田が笑う。 「それがよぉ、お前らの予想通りホテル行ったんだけどよ、ゴムがなくてさぁ」朝から昨日のナンパの話題で持ちきりだ。 「でもよ、俺とタケルはあの後超かわいい子ゲットしたぜ! な、タケル!」 「え? あぁ…」  確かに仲間との日々は楽しい。でも僕はその中で何処か彼らとの距離感を感じていた。僕にも何回か会う事を重ねている子もいたが、一向に物事は進まなく、特にタイプでもなかったから会おうとする事もなくなっていた。もう今は、自分には本当に音楽しかないと思うようになっている。好きな彼女が欲しい気持ちも強かったけど、会っている時間があるならギターを握っていたい気持ちの方がずっと強い。気に入った女の子とはなんだかんだで最後は失敗していた。そんな事実から逃げているだけなのかもしれない。作ろうと思えば作れるという根拠のない自信からか、作ろうとしていないだけという言い訳も自分の中にはあった。 毎朝満員電車 俺は身動きとれず 大人たちに 埋められ校舎へ運ばれる 外は地下で何も見えず 滴る一筋の汗 俺は夢を描いていた 授業が始まり教師が語り始めても 俺はすべて上の空 窓の外眺めている あご肘ついて その瞳に映し出されているのは 描き出された夢だけ“  迷う事はなかった。僕は音楽に時間を捧げれば捧げるほど、更にのめり込んでいく。自分のメッセージが音楽に乗るだけで楽しかった上、全てがうまく行っているような気さえする。そう思うほど日々の密度が濃いのだろう。季節は夏、今年の夏の陽差しは例年にないほどに強烈だ。僕は既に梅雨の間に十八の誕生日を迎え学校は夏休みを迎えていた。電話が鳴ると、石原だ。 “タケルは明日、どんなバッグで行くんだ” 「別に何泊もするわけじゃないから小さなリュックで行くよ」と僕も荷造りの最中に答えた。明日から、軽井沢の方へ遊びに行く予定だ。石原との電話を終えた時、いつか感じた気配を感じた。 (…えっ?) 『…人生において最も絶えがたいことは悪天候が続くことなんかじゃないんだぜ? 逆に、雲一つ無い晴天が続くことだったりする』  部屋の片隅に、立て掛けてあったギターから声が聞こえた。  男はかがんでいるのだろうか、ギターのサウンドホールの闇にうっすらと白っぽいパンツのしわが見える。 「…ああああ!」(だ、誰かいる! や、やっぱり呪いのギターだったんだ! だから捨てられていたんだ! あれはやっぱり夢じゃなかったんだ!) 僕は怯えた。下手に動くと殺されそうな気がして、動けない。 『おいおい怖がる必要はないぜ。オレは危害を加えるつもりなんてない。呪いのギターだって? 別にオレはギターに住み着いているわけじゃねえ』 (ギターに住み着いてない? じゃあなんなんだ!) 僕は勇気を振り絞って話しかけた。 「僕に何か用ですか?」 『大ありってか、オマエはオレを視認できてしまっている。だから今夜は軽く挨拶ってところだ』軽快に彼は話す。  僕は慎重に口を開く「僕はあなたに用がないような気がしますです…」 『ちょっとまった、俺の事はジョニーだって前に言ったよな。それと用がないとか言っているが、オレは化け物じゃないんだから怖がる必要はない。とりあえず今夜はそれだけだ。じゃあな』  ジョニーはそう言いうと立ち上がって去ったのか、部屋から感じていた気配が消えた。 「…これって、マジ?」  今度はいつ現れるのだろうか、彼は妖怪なのだろうか。それともギターの閉じ込められた妖精? バカな。妖精にしては可愛げがない。僕には霊感などない。そもそも、そんなものなどこの世に居るわけがない、もしかして、これが噂の座敷童子なのか? 誰かに話しても誰も信じてくれないだろう。喋るギターの話なんて…。座敷童子のような妖怪を見たなんて……。 しかも、そいつが「ジョニーと呼んでくれ」と言っていただなんて…。
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