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自分の部屋に入ると僕は部屋の何処にも聞こえるように囁いた。
「ジョニー、トムだよ。お前の言ったとおり、あの場所へ行ってきたよ…」
『ギャオオオオオオ!』
突然ギターから凶悪な叫び声が耳を劈き、驚愕した僕はベッドの足につまづき壁に頭をぶつけた。
「いってぇー!」
あまりの痛さに身悶える。
『ハハッ、やっぱりバカだぜ。冗談だよ冗談、オマエのバカさにはホント泣けてくるわ』
ジョニーは笑ったが無表情で気持ちが悪い。しかし、ジョニーは相変わらず恐ろしい眼光で、今でもあともう少しでちびりそうだ。
「で、ト、トムってなんなんですか」
少しは慣れてきたといっても、やはりあの眼を見ると少し怖気づいてしまう。
『オマエの事だよ。俺がジョニー、オマエはトム。いいバランスだろ。それとも、ここは日本だから俺にタケシとでも名乗れっていうことを言っているのか? まぁ、時間はたっぷりあるように思う。仲良くやろうぜ。オレはオマエの為にいいアドバイザーになってやるぜ』
ジョニーはそう言うと、再び無表情で少し笑った。
「アドバイザー? …もうトムでも何でもいいけどさ、あの場所行ったけど、他の何かがよくわからなかったんですけど…。空と家が変だったけど…」
『家と空…? なるほど…。それだけか?』
「いや、だから、誰も住んでなさそうな家と網みたいに連なった無数の銀河みたいなのが広がった空が普通じゃなかった…、超キレイなの」
『網…、それと家…。なるほどな。今後もまたオマエに何か聴くかも知れん。…よし! これからはオレと一緒にオマエの人生を楽しもうぜ!』
(ええっ? おい! よくわからないが冗談じゃない!)
「えっ? ちょっと待てよ! 約束どおり消えてくれよ!」
『約束? 知らんな』
「は? ふざけんなよ!」
(はっ? どういうことだ? 楽しむ? アホか? 嫌に決まってる!)
『おいおい、そう熱くなるな。損はさせないぜ。じゃあオレの初のアドバイスだ。まず一つの予想だ。トムはバンドをやった方がいいと思うぜ。モテたい一心のオマエらの事だからな。ソロは考えず誘われたら右へ倣えってことだ』
ジョニーは少し考えながら言った。
「はぁ? バンドだって? 誰と組むんだか。俺の周りには音楽仲間なんていない」
僕は色々考えたが思い当たらなかった。
『面倒くせえやつだな、兎に角そういうことだ。またな』
ジョニーはそういい残し、再びどこかへ消えた。
「何組かバンドやるやつ居るけど、そいつらに今になって誘われるのだろうか…。いや、あり得ない…」
夏休みが終わり、ジョニーの言ったことが現実になる。岩田が俺たちもバンドやろうぜ、と提案してきたのだ。石原もノリノリだ。石原は僕の曲も演りたいと言ってきたので、勿論僕も参加することになった。基本パートはドラム岩田、ベースは石原、ギターは長田、キーボードはタキにお願いをし、バンド僕がネーミングした《OhYeahz》が結成された。
「とりあえず、やる曲決めようぜ。今日は俺ん家集合って事で!」
岩田の一声でその日の夜は、岩田の家へ向かうことになった。部屋に入ると岩田がエレクトーンの譜面を出してきた。ずっと岩田の部屋にエレクトーンがあったのを不思議に思っていたのだが、どうやら本人が昔やっていたからのようだ。ドラムじゃなくてキーボードやればいいのに、と考えたがタキの方がイオスとかいう高機能キーボードを持っているので何も言わなかった。石原が興奮した口調で
「ビーズのブローウィンやろうぜ!」と言い出してきた。
「そんなの長田が弾けるわけがないだろ。時間がないんだからもっと現実的に考えようぜ」と岩田は意外にもバンドに対しては常識人として頼もしい存在となっていた。…まー当たり前のことを言いのけてるだけか。しかし、石原は反論する。
「弾けなくていいよ! みんなでハモってアカペラでやるんだよ!」
石原は相変わらず非現実的なハチャメチャな意見ばかりだ。岩田のそのエレクトーンの譜面にはアニメの譜面しかなかったので、仕方なくその中から数曲選び、ユニコーンの一曲と僕の曲から数曲をやることになった。僕は各パートの譜面を書かなければならなくなったので、家に帰った僕は早速譜面に着手した。ほとんどコードでしか楽曲を書いていなかった僕は譜面が全く読めない。ピアノをやっている弟の教本を見ながら書き、ドラム、ベースやギターは渡されたユニコーンの譜面を参考にしながら書いていった。次のページを捲った瞬間、ギターからまたボソボソと声が聞こえた。
(またあいつか?)
「よく聞こえないから、ちゃんとしゃがんで話してくれない?」
『まったく、注文だけは一人前だな。まーどうだ? 楽しいだろ。人間が賢くなるのは経験によるのではない、経験に対処する能力に応じてなんだ。色々経験しようぜ』
ジョニーは口は汚いがインテリな事を言うな。とにかく、なぜかジョニーの予想どおりに進んだ。しかし、断らなかったのは必然的だったわけで、特に役に立ったとは思えない。
「ジョニー、なんかいいアドバイスはない?」
僕はジョニーのアドバイス力を試そうと思い、聞いてみた。
『オレの予想が無意味だったから試そうってか?』
「えぇっ、心の声が聞こえちゃったりするわけ?」
こいつ心の中が読めるのか、僕は焦った。
『バカか? オマエみたいな青二才の考えなんて見え見えなんだよ。目立ちたがり屋で女にモテたい一心のオマエの友達みてりゃどうせバンドだろってことだ』
「うっ」
なんて的確な…。
『次に、オマエの考えていることはわかるぜ。バンドでは自分の真面目に書いた曲をやりたいが、実際に選ばれたのはふざけた軽いノリの曲だったのが気にくわない、ってことだろ。でも今回はそれでやるのが懸命だと思うぞ。バカ曲はコケてもそれはそれで成り立つからな。真面目な詞の歌がこけたらカッコ悪すぎるぜ』
ジョニーの話は妙に説得力がある。僕もその通りだと思った。(コケてもオッケ~)そんな気持ちに少しばかり余裕ができ、僕の譜面を書くスピードにも拍車がかかる事ことになった。
翌日の教室で僕は書いた譜面をみんなに見せる。
「急いで書いたよ、どうかな? 初めて書いたにしては、まぁまぁじゃない?」
「お、TAB譜ジャーン」
長田は鼻を弄りながら目を通している。それぞれに譜面を渡し、とりあえず僕は個人練習をそれぞれやっておくように指示をした。
そして初めてのスタジオ入りの日がやってきた。真夏の陽射しと焼け付くアスファルトの熱気から解放されるスタジオのエアコンが心地いい…。
「みんなちゃんとやってきたか?」
岩田の第一声。その中で一人不安げな表情をする男、石原。
「おいおい、大丈夫か石原」
僕は石原に声を掛けた。
「やってきてんだけどさ、どうもまだ不安なところが多いんだよね」
「俺もそうだし、みんなもそんなもんさ」僕は石原を勇気付けた。
まず初めの曲合わせ。かなりいい具合に合うことができた。即席バンドでもこれだけできるんだと、僕は希望に満ち溢れた。次の曲もその次も、いけると確信した。殆どキーボードのタキのお陰が強かったのは辞めないが。一段落終わり、僕がボーカルを勤めるラストまでのオリジナル曲のリハーサルになった。石原の様子がどうもオカシイ。申し訳なさそうにベースを弾いている。そう…他はいい具合だったが明らかに一人だけ音があってなかった。僕はギターを使ってベースのパートを何度も弾いて合わせたので譜面に間違いは百パーセントなかった。とりあえず、まだ音合わせ1日目ということもあったので、それについてはとやかくは言わないでおいた。石原曰く、順番に練習していたこともあり、まだまだ、僕の曲までは練習が至らなかったのだろうと、そうみんなも考えその日の練習を終えた。
僕はその帰り、貯めた小遣いで浜田省吾の《オン・ザ・ロード・フィルムズ》を購入し、ゴキゲンで帰った。家に帰宅すると同時にビデオデッキに差し込む。そして再生。
「おおーっ、すげえカッケー!」
僕はあまりの浜田省吾のパフォーマンスに圧倒された。彼のステージングに身震いをした。自分の中で浜田省吾は世の中に言わせるとマイナーなのかな、と考えていたけど、それをあっさり覆すほどの大観衆がそのビデオには収録されている。自分の周りは、“浜田省吾?《悲しみは雪のように》の一発屋のこと? 他の曲は聴いた事はないわ”という奴らが殆ど。まったく失礼極まりない。これほどまでの大観衆は見る限り三十代過ぎの子供連れのファミリーの観衆が多い。その中で拍手と喝采を浴びている浜田省吾はなんて素晴らしいのだろう。昔からのファンがこれだけ熱狂させる魅力ってなんなんだ一体! ますます僕は浜田省吾の虜になった。確かに、みんなが言うように失礼に値するかもしれないが、格別に斬新且つ素晴らしく誰もが酔いしれるようなメロディーの曲は少ないかもしれない。ブルーススプリングスティーンぽいところもある。しかし、僕は声を大にして言う。浜田省吾の素晴らしさは、その詩と確固たる存在感だと。僕はビデオながらも大熱狂した。ビデオが終った後、僕はリズムマシンを鳴らし、エレキギターでカッティングしながら、LLCool・Jの様に勢いよく歯切れよくラップのようなものをした。
「ラジオはいつでもFEN ベイブリッジ行ってアカペラん
ルルンブパパンパポンヨヨン 今日もオベーション掻き鳴らす
もうひとつの土曜日大好き そんな恋憧れ大泣き
A作にジェラシー感じて 今日もブルースハープ吹きまくる
終わりなき疾走聞く度に 稲妻体を駆け巡る
悲しみは雪のように しか知らない奴はゴートゥーヘール
今頃グラサン外して 何気ない顔で街中!」
「あれ、おっ、いいじゃん! 俺のギターメロディーの合間にラップも挿入。ヒップホップ好きだった時代も無駄ではなかったわけだ! おお、こ、これは、海外は知らんが日本じゃ今までないぞ、ロックとラップの融合…。やばい。遂に俺は…、少なくとも国内では新しいジャンルのパイオニアになろうとしている!」
『おやおや、でたね自意識過剰ボウヤ』
ジョニーがそう語りながらサウンドホールから鋭い眼光を現した。
「なんだよ、まだこんなアイディアの日本人なんて居ないぜ」
僕はジョニーに切り込んだ。
『オマエがこうやってまごついて部屋の中だけで叫んでいる間に、そういったミュージシャンが現れちまうんだ。その時点でオマエのアイディアはオジャンで二番煎じだ。それよりもラップするならライムだぜ? 韻を踏まないと小気味よくない。じゃあな』
ジョニーは出てくる時には的確なアドバイスをくれる様になっていた。なんだかんだ言って僕はいい曲が出来たりいいアイディアが浮かんだりすると自然にサウンドホールに話しかけるようになっていた。
「そうか、ライムだもんな。韻を踏まなきゃ意味がない。でもライムは歯切れよく聴こえたほうがやっぱりいいもの、そうなると日本語だと難しいな。だよな?」問いかけたが、もうジョニーの返事はなかった。
「韻か…
ラジオはいつでもFEN それ以外なんてあり得へん
スピッツにジェラシー感じて、今日もギター掻き鳴らして~
もうひとつの土曜日おぉナイス! そんな恋憧れオールナイト
A作にジェラシー感じて~ 今日もブルースブルブルブルッチェ…、おいブルッチェってなんだよ!
む、難い…、続かない…。まーそれはそれとして、取りあえず今はバンドの練習をするしかないか」
僕は学園祭で演奏する岩田の歌う《ファーストキス(はじめてのチュウ)》の練習を始めた。
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