第3話「バンド組んでみた」

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 太陽の光の激しさは夏の終わりを告げるように息を潜め、時々吹く冷ややかな風が学園祭の時期が迫っている事を僕に感じさせてくれる。何度かスタジオ入りしていると、下手なりに何となくバンドとして合ってきたような気がしていた。上等かといえばそこまで行かないが、時間もなく未経験ということからもっと酷い有様だと思っていたからだった。  しかし、次のスタジオ入りも、その次の最後のスタジオ入りになっても、ただ一人、石原のベースから申し訳なさそうに出す音だけが僕の曲に限って違う音が出ていような気がしていた。しかし、タキの素晴らしいシンセの演奏に石原のベースの音が書き消されていたせいもあったのか、あまり気にはならなかった。 「家でももっと練習するから大丈夫だって」  石原も気合を入れてるようだったので本番はどうにかなるだろう。別に心配する必要はないかもしれない。タキのシンセもあるし。 「じゃあ最後にもう一回通しでやろう」  岩田の一声と共に演奏が始まる。こうして僕らのスタジオ最後の練習が終了した。   ギターを抱え家路に着く。陽が暮れると寒さを感じた。 「あ、タケルお帰りなさい。あなたに話があるの」  家に着き、玄関を開けるなり母さんが神妙な顔で僕を呼び止めた。僕はリビングの食卓に腰掛けた。 「タケル、ゴウキ入院させることになったの…」  母さんは今にも泣きそうだ。ゴウキは三人兄弟の真ん中で僕の5歳下の弟だ。 「ちょっと待ってよ、入院ってどこか悪いの?」  別に、学校行ってないだけでどこも悪くはないでしょ。僕は何がどうなってるかよくわからなかった。 「タケルは知らなかっただろうけど、タケルやヨシトが家に居ない時、暴れてすごいのよ」  ゴウキは僕の五つ離れた弟で、ヨシトは七つ離れた弟だ。確かに、たまに奇声が聞こえることはあったり、真夜中なのにピアノ弾きだして眠れなかったり、ヨシトにわざとちょっかい出して怒らせては喧嘩して負けては延々と泣き続けられ勉強の妨げにはなったり、いや、あんま勉強してないが、大変なことは大変ではある、だとしても…。 「でもさぁ、入院はやりすぎなんじゃないの? だってそれだと精神病棟でしょ、それはちょっとかわいそうじゃないかな」 「もう、お父さんが決めた事なのよ、連れて行くときも本当に大変だったのよ…? あなた知らないかもしれないけど」  僕に対し、母さんは悲痛な顔で答える。 「…」母さんの必死さを見て、僕は何も言えなくなってしまった。 「一応、教えておこうと思ってね」  母さんは項垂れていた。僕はこういう場合どうすればいいかが全くわからなかった。ただ、ただ黙ってそんな母さんの姿を見ているだけだった…。  煩い弟が居なくなる事に何処か、ホッとしている自分がいた。そして、悲しみにくれる母さんに何一つ優しい言葉を見つける事が出来ない自分がいた。もしかしたら、僕は自分が思っているよりも、ずっとずっと冷たい人間だったのかもしれない。僕は、劣等感に悩まされた人生が長いから、弱者の立場にも同等に立つこともできて、人より温かい心を持っているはずだとずっと思っていた。どんな立場にも立ててその視点で物事を見る事が出来る人間だと思っていた。それは思い過ごしだったんだ。十八になったばかりだというのに今頃気づくなんて、僕はなんて愚かなのだろう。気づくと僕は部屋で涙を流していた。それは居なくなった弟に対してなのか、居なくなった弟を嬉しく思う自分の心情が悲しかったのか。もしくは母さんの気苦労に対してなのか、何も言えない自分への悔しさなのか、僕は涙の理由がわからなかった。不透明な自分の心情が悔しい…。 『我が性格は、我が行為の結果なり。それはオマエの行動の結果なんだぜ? 性格なんてものは不変なものじゃなく、活動や変化もすれば身体と同じように病にもかかるんだ。なんだ? もっとやさしいと思っていただって? 冷たいだって? トムが未熟でクソったれなだけじゃねぇか』  ブラインドの隙間からの月明かりに照らされたギターから声が聞こえた。 「ジョニー…」  僕はギターを抱えいつの間にか眠りについていた。  教室の喧騒の中、岩田がニヤニヤしながら僕の席へやって来た。 「ゴメン、ほんっとゴメンみんな、今日バンドの演奏順番の抽選があったんだけど行くの忘れてたよ。ガハハ」 「え…? 抽選いつだったんだよ!」 「ガハハ、昨日の昼だったんだけど、寝てた! ガハハ」  岩田は笑いながら言い放った。 「えええぇっ、お前笑い事じゃねえよ! 何やってるんだよ!」  岩田は一斉にみんなの集中砲火を浴びる。 「じゃあさ、それで結局順番は何番なんだ」  僕は岩田に尋ねたが、今日学園祭の各プログラムが配布されるらしくそれが来るまで解らないという。岩田が抽選に行きたいと言うから岩田に任せたのにこれだ。抽選で誰も選ばそうな人気のない時間帯は早朝8時スタートしか考えられなかった。そんな時間、まだまだ誰も来ちゃいない。  学食でいつもの様にカレーライスを食ってから教室に戻ると、学園祭のパンフレットが配布され始めていた。 「おいっ、きたぜパンフ」  石原が早速バンドの順番を確認する。僕も確認する、しかし《OhYeahz》の名前が何処にも見当たらない。 「おい岩田、俺らのバンド名がないんだけど? 抽選行かなかったからじゃないのか? 未登録ってわけじゃないだろうな!」  そこで、同じクラスで他のバンドの奴が話しかけてきた。 「タケル達のバンド、抽選こなかったから、朝の八時からになってるはずだよ~」  僕らは即座に8時台を確認する。 「朝の八時は…、なんだこりゃ!」  僕らは信じられないものを見てしまった。 《午前8時スタート…[三年の残り]》 「はぁ? 三年の残り? バンド名が《三年の残り》だと? ふざけすぎじゃねえか?」  これ作ってんのはどこだ? 生徒会だ! 「おい、生徒会へ殴り込みだ!」  僕らは教室へ駆け込んで生徒会長のメガネ野郎を呼び出した。 「おい、これ何だよ! 居ないなら名前聞けよ。それぐらい出来るだろ、訂正して新しく作れよ!」  僕らは激しく抗議した。 「もう配ってしまったんで、無理です。すみません」  当たり前のような顔をしてひょうひょうとしている。 「全部回収して刷りなおせよ!」  顔を真っ赤にして怒鳴りながらメガネ野郎に詰め寄る男がいた。八田だ。なぜか一緒に付いて来た八田が一番激怒してメガネの胸倉を掴んでいる。 「すみません! 刷り直しはできないので、訂正のお知らせ挟む感じで良いですか」  そんなんじゃ納得いかないが、刷りなおしの再配布は常識的に考えて有り得ないと思い、僕らは仕方なく撤収した。八田が初めてカッコ良く見えた。 「なんだよ《三年の残り》って。ま、全て原因は岩田だけどな」  僕は岩田に向けた。 「まぁ仕方ないさ~」  タキは特に何も思ってないようだった。 (タケはいいかもしれんが、せっかくオレの絶妙なネーミングなんだ) 「訂正の紙挟んだって誰も見ねぇよ」石原が苛ついていた。 「ったく、朝8時かよ~」  長田は名前については特に何も言わず、時間に対しての不満ばかり漏らしている。 「おまえ、そんな時間誰も見にこねぇよ、俺のモテモテ計画がオジャンじゃんかよ~」  石原がため息をつく。 「トリ取る実力でもないからいいんだけど、朝っぱらからの演奏はキツイな。多分その日俺、まだ頭寝てるぜ」  そう言い僕はタキを見たが、時間に対してもタキはあまり気にしていないようだった。 「流石いつでも冷静なタキだ」  中でも時間に大きなショックを受けていたのは石原だった。岩田はやっと責任を感じてきていたのか、口数が少ない。僕は石原の言っていた事を思い出した。 「モテモテってさ、お前彼女が見にくるんじゃなかったっけ? 意味ないじゃん」  僕が石原にそう言うと、石原は肩を落としていた。 「そうだよ~、マキ観に来るねとか言ってたし…」  かなり悩んで命名し、暖め続けていたバンド名が《三年の残り》になってしまった事に対して一番落胆をしていたのは僕だった。 『おお、いいじゃないか。《三年の残り》未熟なバンドには絶妙なネーミングってもんだ。返って名前ばっかりカッコつけて演奏がグダグダだとこの上ないダサさだぜ?』 ジョニーは不気味で無表情な顔で部屋のギターのサウンドホール から覗きながら笑っている。 「ふざけた曲ならコケても平気だとか、返って残り物とされている方がいいとか言うけど、どうも納得いかねえな。俺にどうして欲しいんだジョニーは」  どうも腑に落ちない。 『逆にカッコいいじゃねえか。《三年の残り》っつーカスみてぇなバンドが他を圧倒してしまったらよ。駄目なら駄目で、やっぱ残りだね。で済むし、ま、オレが考えるに百パーセント後者だと思うが』  ジョニーは無表情に爆笑しながら、姿を消した。 「まったくホント、腹の立つ野朗だ」  学園祭当日、石原の席に置いてあった僕が渡した譜面が目に入った。目を通してみると、石原に渡したどの譜面にも、【ドレミ…】の音階の言葉で書き記されていた。なるほど、ちゃんとやってるのね、と一つ一つを確認してみるとすべてが間違えて標されていた。 (…ん? もしかして…! ああ、なんてことだ……) 僕は石原を呼び止めてドレミと記された譜面を差し出した。 「おい石原、なんでこれが【レ】でこれが【ミ】で、なんか全部大きくずれてないか?」  僕は嫌な予感を感じた。次第にメンバーが集まってくる。 「なんでだよ、ここはドレミで【レ】と【ミ】じゃないか」  メンバー全員で石原のパートの譜面を見る。タキが口を開く。 「あ、もしかして~、石原、ト音記号で音符読んでない?」 「ああっ!」  一瞬にして全員が驚愕の表情に変わった。 「これヘ音記号だから、ドはここからだぜ…」  俺は譜面の記号を指差した。 「…? なんだよ、そのヘ音記号って」 「ベースの場合、音階が低いから五線の音の始まりをヘ音記号にして五線に入るようずらしてあるんだよ、だから【ラシド】の部分からが【ドレミ…】と続いていくわけ」  僕は石原の譜面上に振られた音符を指で指しつつ強い口調で説明した。 「そんなの言われなきゃ、わかんねえよ!」  僕らの間に気まずい空気が流れ始めた。 「…んー確かに俺が、これは通常と違う読みだというのを言わなかったことが悪かった」(だから合わなかったんだ。)  僕はなんとか仲を取り持つことを考え話した。演奏当日にケンカしている場合じゃない。 「もう、石原はタケルの曲はベース持ってるだけな感じで行くしかないよ」  岩田の意見に賛成することになった。というよりも、もうそれしか道はなかったのだった。  そして、僕らは不安を多く抱えながら会場に向かった。会場は毎日毎日カレーしかメニューに置いていないお馴染みの学食の会館だった。木箱を幾つも敷き詰め、その上に30センチメートル程の高台にドラムセット、その下にとギター、ベースそれぞれのアンプとマイクスタンドが置いてあった。 「ここかぁ、悪くないなこんなものだろ」  しかし、案の定、早朝の観客スペースにはPA(※)しかいなかった。 「うほっ誰もいねぇよ、ったく」  なんだかんだで長田は気にしているようだ。黙々とセッティングを行っていると、クラスメイトが何人かゾロゾロと観にやってきた。ギターとアンプのセッティングを終え、ドラムを前にする。一曲目のドラムは僕が担当することになっている。クラスの連中の小さなざわめきの中、アルペシオの伴奏が入りメロディーは奏でられ始めた。イントロ的な意味合いの長田のギターソロだ。あ、いきなり失敗している…。終った。一曲目の始まりだ。ハイハットでテンポを取り演奏が始まった。夢中で叩くがちょっと走り過ぎかも。緊張なのか、ドラムは苦手だからか、早く終らせたい気持ちが強かった。始まってみるとギターもベースも演奏がグダグダだったが、タキの的確なキーボードプレイでそれらが掻き消されてしまっていることが結局、最後までの救いになってしまった。ドラム演奏が終え、ギターを持ちステージに立った僕は頭が真っ白になった。観客など殆どいないに等しいのに僕は緊張した。僕は[あがり症]だったらしい…。《ファーストキス(はじめてのチュウ)》ギターをストロークと岩田の歌が流れる中、人が一人、また一人と去ってゆくのが見える。僕は恥ずかしさで胸がいっぱいになっていく。この調子で最後の自分の曲三連発なんて僕は歌うことが出来るのだろうか。不安でいっぱいになってきた矢先、石原ボーカルの曲になり、石原がかなり弾けたパフォーマンスを見せた。僕は奴の姿を見て気持ちを取り持つ事が出来た半面、石原のこの場面で弾けれられる姿に僅かばかりの嫉妬感じた。その後は流れるように自作曲三曲を演奏し、ラストを迎えた。終了まではもう一瞬だった。とにかくキーボードと岩田のドラムに頼りっきりの酷い演奏だったのだけど、達成感はあった。いや、達成感じゃないな、やっと緊張から開放された気持ちでいっぱいだった。いやはや、こんな僕はホントにミュージシャンなんて目指して大丈夫なのだろうか。ステージに上がると頭が真っ白になってしまう音楽家なんて聞いたこともない。なんだか僕は自分に似つかわしくないものを求めているような気がした。
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