第4話「美大受験」

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第4話「美大受験」

 僕らのクラスの出し物は一つの教室を使用しての喫茶店だった。演奏を終えた僕らは店の片隅でぐったりしていた。 「本番はやっぱうまくいかないな…」 岩田が色々な反省点を漏らしはじめていたが、僕は聞いていなかった。昼が近づいてくるにつれて女子高生が大勢校門から入場する姿が窓から見えた。 「おぉっ、タケルタケル、行こうぜ。店のチラシ持って女の子に話しかけようぜ!」 石原は既にバンドの件は遠い過去のことなのか、切り替えが早い。 「オマエ彼女いるじゃん、彼女はどうしたんだよ」  僕は意地悪く言った。 「だって、いっぱい欲しいじゃん! 彼女には帰ってもらったよ!」  石原は笑っていた。 「やれやれ、じゃあ行くか」  僕は石原と共に喫茶店のチラシを机を並べて作られたテーブルの上から数枚取り、外へ出た。 「うひょー、可愛い子いっぱいぱいじゃーん!」  石原の興奮は絶頂だった。石原は色々な子にチラシを配っては喫茶店に呼んでは連絡先を聞いていた。僕も負けじと独自に探して、一組を見つけ喫茶店へ誘った。 「何飲む」  僕はメニューを取り、かわいい子の方へ差し出した。 「ウーロン茶!」  かわいい笑顔の子だ。僕は裏へ行きポリバケツに大量に作られたウーロン茶を二杯汲み上げ、勝手にお金はいらないと言い、差し出しては話を切りだした。色々な話をしてみると、住んでいる街と最寄の駅が同じ場所だった。そして、彼女も浜田省吾の大ファンだと語り始めたのだ。 「マジで! 俺はファン歴そんな長くないんだけど、男も女もひっくるめて考えてみても[浜田省吾が好きだ]なんて言ってくれた人は初めてでさぁ~」  こんな嬉しいことはない。何となく生意気な女だったが、僕は生まれて初めて《運命》というものを感じた。そう、これが《赤い糸》なのだ! そんな最中、岩田と石原が話に入り込んできたが、僕等の世界に入り込む余地はない。暫く話すと彼女が席を立った。 「じゃあ、そろそろ行くね。カレシが待ってるから」 (ええっ! カレシ? ) 「理子ちゃんはカレシいるんだぁ」 「うん、ここの普通科行ってるの。タケル君は家も近いし今度遊ぼ」  僕は彼女から電話番号をメモした紙を貰い、店から出てゆく彼女を呆然と見つめていた。後ろでは石原と岩田が爆笑していた。 「残念だったな! タケル。でもまだまだ居るから行こうぜー」  すっかり元気のなくなった僕は石原に引きずられる様に再び外へ繰り出した。  そこで、女の子三人組の中に際立った可憐な娘を見つけた。もう僕の中からさっきのショックは消え去っていた。 「石原ー」  僕は石原を呼び止めた。 「なに、オマエも見た? 超可愛いよな!」  やはり石原探知機と僕の探知機は同型だったようだ。僕は彼女のあまりのかわいさに直視が出来ない…。やはり石原に突撃してもらうべきだな。 「なぁ! 石原チラシもって話しかけて来いよ」  隣にいる石原に声を掛けた。返事がない…。 「…ん?」  横を見ると、いたはずの隣から姿を消していた。 (どこ行きやがった? 彼女たちを見失うぞ?)  と、彼女ら位置を確認しようと人ごみの隙間を見渡していると、石原はその子らと立ち止って笑顔で会話している姿が視界に入った。 (なに!) 「ああ、ちょっと待てよ! 」僕もその輪の中割って入り、石原に負けじと色々な話題を振った。どうやら歳は三つ下の中学三年生で名前は美奈ちゃんといった。しかし、まったくそんな風には見えない。 「石原、この子は俺に譲れよ、お前には彼女がいるんだからよ」  僕は石原に釘を刺すように耳打ちをしておく事に。 「え? 何言ってるんだよ! きれいどころは全部俺のもんなんだよ~!」  また言っている。そんな言葉はスルーだ。 「石原、またウチの店行くと岩田とか余計な奴が加わるぜ? 俺らだけでこのままカラオケ行っちゃおうぜ」  僕のナイスな判断に石原も同調した。 「そうだよな! やばいよな! 行っちゃおうぜ!」 「カラオケ行こう!」 僕が彼女らを誘うと「行く行く」と喜び始めた。そこで遠くから声が聞こえた。 「ああっ! おまえらどこ行くんだよ! ガハハ!」  岩田と長田が叫びながら追ってきた。 「おいお前等、内緒にしてんじゃねえよ、ったく」  結局気づかれてしまい、カラオケメンバーは男四人の女の子三人の総勢七人になってしまった。僕はその娘と隣同士になり色々な話をした。他の奴らがアホ面で歌っている間に親交を深めようと思ったのだ。カラオケを終え、みんなマクドナルドで食べてから帰ろうということになった。 「あれ、タケル財布は?」 石原が突然聞いてきた。 「財布あるよ。ん、あれ、ない!」 けつポッケにあるはずの財布がなかった。 「ガハハ、カラオケに忘れたんじゃねえの?」 「多分店のソファーだ。取ってくるわ!」  僕は慌ててエレベーターに乗り、カラオケ店へ駆け込みその部屋へ行ったが財布はない。 「部屋の掃除したけど忘れ物はなかったねぇ…」 店員の話を聞いてもない。(やばい、完全失くした…)  僕が肩を落としてカラオケ店から出ると、非常階段を全速力で上がってくる足音がした。僕は階段の方へ目を見やると美奈ちゃんが息を切らしながら上がってきたのだ。 「タケルくん!」 「美奈ちゃんどうしたの!」 「タケル君のお財布、石原君が持ってるよ」 「マジで…、美奈ちゃんそれだけの為に?」  僕は胸の鼓動が激しくなる…、なんて、なんていい子なんだー! 「タケルくん慌てていたから、早くお財布の事知らせたくて…」  美奈ちゃんは恥ずかしそうに言った。 (なんて優しくてかわいい子なのだろう…)  階段上から見える夕陽が彼女の目をキラキラと輝かせている。  二人きりの空間。エレベーターの中、今度遊ぼう、という事で連絡先を交換した。そんな夢心地の中、エレベーターは下りていった。扉が開くとそこには、つまらなさそうにしている面々がいた。秋晴れの空には少しずつ星が見え始めていた。その後、他の奴らの会話で彼女は笑ったりしていたが、僕は余裕の表情でそれを微笑みながら眺めつつ帰路に着いた。  その夜、僕はジョニーにライブでの一部始終を話した。 『オマエ、そんな人の居ないステージでヘタレてどうすんだ。オレは残念な気持ちでいっぱいだよ。オマエは一体何を目指しているんだ?』  ジョニーはいつもと同じ鋭い眼光のままで語っていたが、困っているような目をしている、様な気が少しだけした。いや、気のせいかもしれないが。 「…ミュージシャンのつもりなんだけど…」  僕はボソッと答えた。 『オマエ、適当に考えてるだろ。オマエはそんな強い気持ちなんてこれっぽっちも持ってないとオレは見るね。今日のライブも散々な内容だったのは容易に想像がつく。だからもっとその理由を考えた方が良いぞ。女に恋なんてその後だな、アホが』  ジョニーは僕が言葉を返そうとしても無視して話し続けた。 『ま、ガキだから仕方ねえか。一つ教えてやろう。今のままのオマエじゃどんな恋も成就しねーよ。だから無駄な時間にならねえようにもっとギターのテクでも磨け。あと、大学の推薦を貰ったようだがホントに入学希望してるのか?』 「希望してるさ、大学にさえ入ればもっと自由に時間を使えるしね…。…あれ? おい、ジョニー」  ジョニーは僕の反論に聞く耳を持たず、自分勝手に話すだけ話して再び部屋は静寂さを取り戻していた。 「チッ」なんなんだアイツは。はっきり言って全く役に立ってない。単にいちゃもんついているだけじゃねえか。僕はヤマハのアコースティックギターを物置にしまい込んだ。これでもう煩わしいことはなくなるな。部屋に立て掛けてあったもう一つの自分で買ったオベーション社のアコースティックギターを奏でた。やはりオベーション特有のリーフホール(※複数の小さな穴の開けられたサウンドホール)から響く音色は美しい。メイド・イン・コーリアだが、いいものはいいのだ。もう、うるせえだけのジョニーは放っておこう。しかし、自分がステージ上であそこまで緊張してしまうなんて考えもしなかった。ドラムの時はなんともなかったけど、やっぱりフロントマンっていうのは大変ということがわかった…。 “オマエは一体何を目指しているのだ…”僕は何を目指しているんだろう。このままなんとなく音楽を続けてどうにかなるのだろうか? 心の支えはレコード会社からのたった一通の手紙だ。あれくらいの内容なんて誰にでも書いているのものなんだろうか。
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