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問いかけた師匠についグッジョブと心のなかで思いながら生唾を飲んで見守る。
富永栄司は深々とソファに沈み込むと、ゆっくり話し出した。
「彼女は先天性の異能力者だ」
四年前の航空機事故。そこにいたキャシーは、生まれてからの異能力者?
「驚いたとも。異能力者を生み出すための実験の中に、まさか本物が潜んでいるとは。そして生存に歓喜した。もしワタシがワタシの手で知らぬ間に異能力者を殺していたとあっては、発狂して自害してしまいそうだったからな」
「お前は本当に人を人として見てないんだな」
「いや、君たちを人として見てないだけだ」
言った。ついに言い切った。
まるで悪魔に見えてくる。
「だって人間じゃないじゃないか」
――予想以上に。
予想以上に、この男は、クズらしい。
トオルが遠目に見守る世界で、師匠が見たこともない静かな怒りを抱えているのがよく分かった。
対話ができる人間じゃない。文字通り関わるべき輩ではない。
師匠がもしも富永栄司の言う通り、ESP研究会唯一にして最後の成功例だったとするならば、彼の行為や存在は、どれほど憎たらしく、理解のできない敵なのだろう。
――インターホンが鳴った。扉越しに大きな声が響く。
「失礼! 警察の者ですが!」
トオルの血の気がさぁーっと引いた。
「やばいやばいやばいやばい……」
まだ何もしてない。ウカウカしすぎた。師匠の時間稼ぎ無駄にした。
ぶつぶつと誰にも拾われないような小声ですぐさま切り替え、隠し通路へと向かう。
日本風情を感じるような庭が広がるガラス張りの通路。その突き当たりにはお手洗いがあり、左に曲がるとバスルーム。その突き当たりは何もない。ように見えて、実は扉が隠されている。
がこんっと玄関先まではさすがに届かない音を立て、開くは薄暗い直進の道。どこか埃が積もっているのは家政婦すらも踏み込ませず、掃除が行き届いてはいないからか。
隠し通路。そして隠し部屋のセキュリティはかなり甘い。誰かに侵入されたり脱走されるという想定がないのは隠しているからこそで、いざこの時が訪れればただの廊下と変わらないレベル。モニタールームもキャシーの部屋もカードキーで潜入可能。
トオルは迷わずにカードキーをキャシーの部屋に通し、Piという電子音と共に重厚な扉を開いた。
「トオル!」
「やぁキャシー」
ふりふりと。扉が開くや否や、駆け寄ってきたキャシーに微笑みかけて歓迎する。
ぎゅっと抱きついてきてくれた彼女を受け入れながら、トオルはとんとんと背中を優しく叩いた。
「だいじょうぶかい?」
「ええ、問題ないわ、ふふっ」
これから外へと行けるのだ。今までずっと閉鎖的な空間に押し込まれていたキャシーは、初めて扉を超えて外に出たことに興奮気味な笑みを隠しきれずに笑う。
もう一度ぎゅっと抱きついてくれるのに、トオルはなれないスキンシップに少し照れくさくなりながら。
「手をつないで行こうか。キャシー、難しいかもしれないけど、少しの間だけ透明になっていられる?」
「うん! がんばるわ、トオル」
「えらいね」
頭を撫でてあげるとまたふふっとわらうキャシーが愛らしく。
隠し通路の入り口まで来た。
耳を澄ませる。
――早くもパトカーが到着してしまったらしい。複数の雑多な足音と微かな富永栄司と警部補の会話、リサの指揮が耳に届く。
「……ったくこんな時間まで……」
近場に一人いるようだ。数メートル先、一人だけ。用を足しにでもきたのか知らないが、深夜の呼び出しにどこか憂鬱そうな声音を見る。
ガチャリ、とトイレに入っていく音がした。
「よしキャシー、出るよ」
「ええ。……んっ」
がこんっ。慎重に開ける隠し扉に、透明になったキャシーと手を繋ぎながらレディーファースト。そのままジェスチャーで「まってて」とキャシーに言い、隠し扉を閉め、トイレから男が出てくるのを待つ。
……大か? うぇ、少し嫌だ。
長いトイレに待ちぼうけ、水を流す音にそろそろだと息を潜める。ガチャ、と開け放った扉に、トオルを横目に見ようとする瞬間を、
「うっ」
素早い手刀で沈黙させた。
「よし、キャシー」
ひそひそと。透明になっている彼女がどこにいるかわからないため一度呼びかけ、まだそこにいてくれているのを知るとトオルは片目ウィンクで口元に人差し指を立て、キャシーを面白がるように言った。
「これは企業秘密だよ」
男を引き摺りトイレへと入るトオル。ゴソゴソと少し音を立て、五分も立てばガチャリと華奢な警察官が現れた。
「かんぺき」
顔も声も少し違う。けれど雰囲気はトオルそのもの。少し戸惑うキャシーは、すっと手を差し出してくる警察官のその優しい笑みに多少の確信をもってその手を受け取った。
確かにそれは、変装したトオルに違いない。
「行こう」
「うん!」
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