サンタクロースのころ

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室外機の音で目が覚めた。窓の外にはもう夕陽が沈みかけていた。 まだ酒が残っているのか、ひどく頭が痛い。 寝た姿勢のまま、枕元を探り、スマホを手繰り寄せる。 電源を入れると、ロック画面に「留守電20件」という通知。 一番上の留守電メッセージを再生する。祥子からだった。 「ねえ、何回連絡してると思ってるの?一体どこにいるのよ。みんな探してるのよ、警察沙汰にまでなってるんだから。気持ちはわかるけど、お願いだから――」 そこまで聞いて電源を切る。 最初のうちは少しだけ申し訳ないと思っていたが、もうどうでもよくなっていた。 寝たまま右手を持ち上げ、その手を夕陽に照らしてみる。 祖父に繰り返し言われた言葉が蘇る。 「こうして夕陽に透かすと、手の形が一番よく見えるだろう。綺麗な手だ。長く、細く、繊細で。偉大なピアニストになれる手だ」 その言葉に応えるために、どれだけの時間を注ぎ込んできたことだろう。 鍵盤の上で誰よりも自由に華麗に人々を魅了した、この手。 その手が今や、第二関節から上をぎこちなく震わすことしかできない。 ピアノを弾くことはおろか、箸すら満足に持てなくなった。 終わったのだ。完全に。
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