サンタクロースのころ

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病気のことはわかっていた。いつかダメになることも予感はしていた。 ずっと違和感はあったし、これだけの無茶をしていて、ずっと平気でいられるわけがなかった。 それでも、自分は強運な人間だと、どこかで過信していた。 これまでずっとそうだったし、最後の最後、ギリギリのところで勝って終わるはずだと。 何かの物語の主人公のように。 しかし、そんなことはなかった。幕切れはあまりに呆気なかった。 人生をかけたピアノコンクールの最後の演奏の途中で、俺の右手は壊れた。 神様は最後の舞台を全うすることさえ、許してくれなかったのだ。 その日の夜、ホテルを抜け出し、適当に新幹線に乗り、全く知らない駅で降り、駅前で目に入ったビジネスホテルに泊まった。 それから、ただ起きて寝るだけの日々が始まった。 寝ている時以外は、ほとんどピアノの前にいた日々からは考えられない変化だった。 生まれて初めて、人生とは暇つぶしなのだと思った。 それがわかっただけでも、すぐ死なないでよかったのかもしれない。 ホテル暮らしに飽きてきた頃、街の不動産屋で、月3万円の安い学生アパートの2階の部屋を借りた。クーラーもついていない四畳半の古臭い畳の部屋は妙に心地がよかった。 先月まで月に100万近く払って六本木のタワマンに住んでいたなんて、誰も信じないだろうな、と思って一人で笑った。
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