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呼応 -シンクロ-(大学生弓道)
同級生 弓道(スポコン) 下克上 再会
尚、こちらはフィクションです。実在する団体名とは一切関係がありません。
(Q→弓)
***************
ああ、外した。俺の負けか……。
三木順生の放った矢は、的枠から僅か数センチ右上方の安土に突き刺さっている。
地方から共に応援のために駆けつけてくれた同輩部員、関東に就職し忙しい中激励に来てくれたOBやOG、皆が一様に落胆のため息をついた。
全国大学Q道選抜大会、男子の部、個人戦。
各選手が何巡目かで敗退していく中、順生は的中し続け、強豪校の鳥居純也と一騎討ちの勝負にもつれ込んでいた。
順生が所属する男子弓道部は東海地区の三部リーグに所属する、いわば弓道の全国クラスでは無名校だ。
この全国大会へも女子部から二名、男子部からは順生が、いずれも個人戦のみ選出されただけだ。
GW明けにあった東海学生Q道選抜大会の団体戦では一軍チームが決勝に勝ち残るももの、一回戦敗退。全国大会なんて夢また夢、今期も出場券を得られなかった。
順生も大将として揺るぎない締め役としてチームの精神の要を担ったが、他との実力差が大きく、こればかりは仕方がなかった。
一方、相手の鳥居は全国大会の団体戦でも一軍二軍両方が決勝に勝ち残るような強豪校。
順生がいつも行く夏合宿の弓道場に置かれた机に刻まれた成績表のごとく、そんなチームはほぼ全員が二十射皆中をやってのけるような高的中率の選手がひしめき合っているようなところなのだろう。
その中でも頭一つ分抜きん出ている鳥居は雲の上のような存在だった。
学年は順生よりも一つ下。最高学年の四年生を差し置いて、一軍の大将を務めるのだから凄い選手だ。
だが、就職活動真っ盛りの中、万障繰り合わせて遥々地方から大会に出場している順生にとっては、この大会が引退前のラストチャンス。
翌年にもまだチャンスのある鳥居が羨ましい限りだ。
羽分け出来れば及第点といえる弓道的中率において、順生も百射会で脅威の九十五射以上の的中を決められるような正確無二な射だ。
団体戦は兎も角、個人戦ならば全国でも互角に渡り合える力は十分に持っていた。
けれども、ここまでか。
悔しくないといえば嘘になるが、たとえ準優勝であっても誇れる成績だ。
そう自らを納得させるが半分、まだ外すかもしれない可能性に期待するが半分。
固唾を呑んで、後方から鳥居の射の行方を見守る。
すると、鳥居が順生と全く等しく、僅か右上数センチの場所に矢を外した。
「!!!」
珍しいこともあるもんだ。鳥居は百発百中とも言える正確な射をする選手だ。しかも鋼の精神力の持ち主でもあった。
鳥居には順生と違い、応援に来ているクラブ関係者も多く、外した時の周囲のどよめきも大きかった。ゆえに、その肩に伸し掛かるプレッシャーも遥かに大きいのに違いなかった。
「嘘だろ……。皮一枚、繋がった!」
その後も互いに的中が続き、互角の攻防戦。どうにも決着がつきそうにないと、連盟がついに霞的に替えての遠近得点戦へと決断を下した。
(これでようやく決着がつく)
先攻、順生の矢は霞的の二列目の黒い輪のあたりに的中した。
けれども、どうだ。鳥居の射た矢も順生の軌道をなぞり、吸い込まれるように順生の矢の筈を打ち砕いて継ぎ刺さった。
ギャラリーたちが口々に「継ぎ矢だ」「継ぎ矢だ」とざわめく。
継ぎ矢にされた当の本人は、なんだか”カマを掘られた”気分になって、どんよりと気落ちした。
そうでなくとも順生はなまじ顔が凛と整っている。男だというのに同性から猛烈に交際を迫られたことも何度かあった。
しかも、まだ自らの尻を差し出してくるなら分かるが、どいつもこいつも順生のことを「抱きたい」と言ってくるのだ。
なんでこちらの尻を差し出さねばならないか。憤慨して、ケチョンケチョンに振ってやった。
その時の苦々しい思いまで蘇ってきて、良い頃加減にピンと張っていた緊張の糸がそこでプツリと切れてしまった。
継ぎ矢にされたくらいで……。
鳥居も得てしてしたわけではないのに。
その性で順生はすっかり調子を崩し、仕切り直しの矢を大きく枠外へと外してしまった。
これが勝敗を分ける結果となり、善戦したものの準優勝どまりとなった。
とはいえ、弓道は武道の一つ。精神鍛錬ができてこそだ。心乱れた時点で順生の敗北は決まっていた。
こうして大学最後の試合は終わってしまった。
鳥居は団体戦前の休憩時間に順生を探していたのか、順生が帰り支度をしているところに現れた。
「あの……、三木さん。筈を壊してしまって、申し訳なかったです」
「ああ、筈ね……」
「いつもなら躱すように射るんですけど、三木さんの射形が綺麗でじっと眺めていたからか、シンクロしてしまって…………」
「えっ、……俺にシンクロ?」
「そうです、シンクロ。申し訳なかったです」
「いや、有名選手にそんなこと言ってもらって……、冥利に尽きます。だけど、筈の件は自分でも時々うっかりとやってしまうことだし、構わないよ」
「そうですか。良かったです」
鳥居は甘いマスクに見合った華やかな笑みを浮かべる。
だが、そんな風に言うものの、元々弓道というものは不安定な道具を用いて心体技で中り外れを競うもの。同じ場所に矢を射ようとしたところでなかなかできるものではない。
それゆえに、継ぎ矢になるレベル、それを微妙に避けて射ることができるレベルというのは、相当に高いことを示している。
「ですけど、シンクロしたにしても、ここまでピッタリと同じに…………。なんか三木さんとは余程気が合うような気がします。こんなことは初めてでした。だから、もう戦えないのかと思うと残念です」
「残念ですか………。まぁ、無事就職が決まったら、一般試合に参加することもあるだろうし、弓道を辞めるわけでもないから、またどこかで!」
「ええ、その時は是非手合わせを!!」
鳥居はより一層朗らかに相好を崩した。
二人の話にちょうど区切りがついたところで、鳥居は呼びに来た後輩に声をかけられ、名残惜しそうに順生の元を後にした。
そんな青春の思い出から二年。現実は小説より奇なりというが、商談ブースのテーブルを挟んだ向かいに、あの鳥居が取り引き先の上司と肩を並べて座っている。
この度、順生の担当する化学商品の顧客企業の窓口として、その役目を鳥居が受け持つらしい。
つくづく縁があることだ。
「そういや以前、三木さんも学生時代に弓道をしていたと言ってましたよね? この鳥居もしていたんですよ。パーンって」
鳥居の上司がジェスチャーを交えながら和やかに話す。
「ええ、存じてますよ。彼は学生の間でも有名な選手でしたから」
「わっ、三木さん、止して下さいよ。それに、三木さんだって……。個人戦を最後まで戦った仲じゃないですか!!」
鳥居は真っ赤に照れながらも、どこか嬉しそうだ。
「へぇ~~、世間は狭いものだな。それなら、三木さん、うちの鳥居のこともどうかよろしく頼みますよ」
「いえいえ、それはこちらこそです。ということで、鳥居さん、よろしくお願いします」
そんなわけで巡り巡って鳥居との数奇な運命が、ゆっくりと動きはじめたのだった。
end
(らぶさんより頂き物)
(雪華さんより頂き物)
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今回は若輩者ではあるけど、少しはハイスペックイケメンたちの物語になったでしょうか?
また、文中に弓道用語がいろいろと出てきましたが、読み辛くありませんでしたか?
特典にならないものを特典につけるのもなんですが、ここに弓道用語説明を書いても仕方がないかなと思いましてね。
そこに私が知っている/書くにあたって調べた簡単な弓道用語の補足を放りこみました。
もしご興味がございましたら♪
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