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俺の言葉に、草間は半信半疑だ。
だが、俺がくたびれているのはここ数年来の通常運行だ。見た目は今までとそう変わらないはずだ。自身の中ではそう信じている。
「だけど、田所さん、ここ。ここっスよ」
草間は、カッタースレスレの首元を指差した。
「それ、いわゆる愛の印ってヤツでしょ? えらく積極的な彼女なんスね!」
鼻高々に根拠を告げた草間に、浩一はまざまざと目を瞠る。
首の後ろが、突如として吹き出した汗で冷え冷えとした。
よもやそんなところに痕を付けられているとは思いも寄らなかった。
(窪寺のヤツ……)
いくら心の中で呪詛を吐こうが、嫌よ嫌よではじまった昨晩の乳クリあいを、気づいたら浩一の方がノリッノリになって快楽を貪っていたのだから、今更どうこう言えない。
掌で首を覆ったところで、かかった魚は逃がさないとばかりに草間は目をカマボコにして容赦なく浩一に詰め寄ってきた。
「えええっ、田所さん、今まで気づいてなかったんですか? ソレ、今日だけの話じゃないですよ!」
「ななな、なんだって?」
「仕事はじめの日、あの難攻不落の田所さんがマークをつけているって驚きましたからね」
マジか!
「一応、俺も思い過ごしかなと思ったんですけど、薄れてもまた濃くなる感じで常に上書きされているし、こんな時期に虫刺されってこともないでしょう? そうそう同じところばかり刺されるわけないですもんね!」
「いや、これは……」
「もう隠さなくても良いじゃないですか。えらく嫉妬深い彼女さんみたいですけど、お幸せに。……って、この色男、羨ましいっスよ。俺にもその幸運を分けて欲しいところです」
「く、草間……」
「あっ、でも、大丈夫っスよ。俺、言いふらしたりしませんから。口止め不要です!」
何が不要だだ。明日には会社中に広まっているのに違いない。しかも、あることないこと尾ヒレがついて。
これこそげんなりとして、深いため息をついた。
End
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