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HRが終わり、クラブに遊びにと放課後ライフを満喫しようと足早に教室から出ていくクラスメート達をよそに、僕はのんびりと課題のある教科書とノートをカバンに詰め込む。
「おーい、東山! お前、まだクラブは決まっていないよな?」
声をかけてくれたのは、たまたまクラスが一緒になっただけのモブの宮地くん。地味キャ同盟とでも言おうか、彼も新学期のお友達作り戦争に敗れ去った面白味も毒もない寄せあまり組の一人だ。
どうやら将棋が好きなようで、廃部寸前の将棋部に入ったものの、新入部員は宮地くんの他に気の合わなさそうな幽霊部員が一人。相当気まずい時間を過ごしているのか、おじいちゃん子で少しだけ将棋をさせる僕を誘ってくる。
「いや、そうだけど……。宮地くん、この前も言ったけど、僕は高校では部活に入らないと決めているから」
「うんうん、分かってる。聞いた。そこをなんとか」
「先輩にでも勧誘をしてくるように頼まれたの?」
「そういうわけでもないんだけど。ほらさ、ここの将棋部なら幽霊部員でも構わないみたいだし、東山も一応部活らしきものに入っていれば内申点も稼げるだろう? だから、東山にも将棋部は良いんじゃないかと思ってね」
「それはそうだけど、家に帰ったら帰ったでやることもあるし……」
「そんなの大抵は漫画を読むか、ゲームをするかでしょ?」
「………まぁね」
言葉を濁す。
かりそめの付き合いのモブくんに僕の事情を詳しく話したところでなんの得にもならない。説明するだけ面倒くさいというもんだ。今、このやり取りをしているだけでも、帰宅時間が遅くなって往生しているというのに。
そう、僕には帰ったら帰ったでやりたいことがある!
「だけど、本当にごめん。やっぱり僕は入らないよ。そもそもコミ障というか、地味キャだから、無理に部活に入って人と関わるのもね? わざわざそんな煩わしい学校生活を送らなくても良いと思っているから」
「そっか、残念だな。だけど、入る気になったら、いつでも歓迎だから」
「うん。その時はよろしくね」
ようやく決着がついたかと胸を撫でおろす。
そんな僕とは対称的に、宮地くんは名残惜しそうに部活へと向かっていった。
僕の名前は東山残心。おじいちゃんが付けた古風な名前がついている。
僕のおじいちゃんは地元でも有名な型紙伝統を受け継ぐ職人で、現在人間国宝の一人として認定されている。
その一方で、弓道を長年嗜み、師範代にまでのぼりつめていた。
よほど弓道にかける思いが直向きなのか、田舎の広い自宅の敷地内。といっても山なのだが、型紙工房と共に私設の弓道場を作ってしまったほどだ。
時々試合や昇段試験の審査員に呼ばれるほか、昼は週に一、二回、客員講師として強豪校の指導にもあたり、夜は夜で地域の人に弓を教えていた。
そういう残心も幼い頃から、この祖父に一日と欠くことなく弓を教わってきた。いわば弓道のサラブレッド。そんな恵まれた環境にいながら、残心は学生弓道には全く興味がなかった。
大切なことは、他の者と優劣を競うことじゃない。
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