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罪滅ぼし(バディ・オッサン受け)
バディもの・若造×オッサン(下克上)・旨い飯・コミカル
※ 職業に関しては限定する記述を入れないようにしましたので、「警察、探偵、警備、ヒーロー」など、ご自由に想像して下さい。
***************
堂島俊明、35歳、独身。
自分には縁遠いお洒落な街・自由ヶ丘のカフェで、真昼間から男と顔を付き合わせエッグベネディクトをつついている。
周りは女か、デートと言わんばかりの男女二人組みばかり。
これがまだ可愛い姪っ子とだったら、そぐわぬ場所でも理由が立つというものだが、これでは周囲からの不躾な視線ばかり集めて居たたまれない。
(今流行りのなんだ、男の………。オッサン同士の恋ってヤツを期待してるのか?)
好奇な視線を浴びるだけ浴びて、早くもげんなりと項垂れる。
「カハ~~~っ! おい、福田。なんでここにしたんだ。オヤジのオフ日の棲息地といったら、競馬場かパチスロだろ?」
「良いんですよ、これで!」
「全然、良かねぇーだろ。何が悲しくて、男二人で……、しかもオッサンな俺とお前とがこんな洒落たところで飯を食おうっていうんだ。場違いにも程がある。ほら、周りを見ろ。見事に浮きまくりだ」
「だけど、堂島さん、今日はこの前の罪滅ぼしをしてくれるんでしたよね?」
確かに言った。俊明もそのつもりで、今日は貴重なオフを福田に捧げている。
けれども、いけもしゃあしゃあと目の前のイケメン野郎は、あの日の言質を元に釘をさしてくる。
福田とバディを組んで半年。歳は俊明よりもマイナス十歳弱だが、頭も切れれば、弁も立つ。
俊明が大学生活を謳歌している時には、福田はまだランドセルを背負った小学生のガキだったというのに、切れ者の器で年齢差もご和算にして、遠慮なく肩を並べてくる。言葉に至っても、先輩に対する遠慮や敬意が全く感じられない。
”完全に下に見られている”というのが、俊明からの常々の印象だ。
だが、今回の件に関しては、完全に俊明が悪かった。もはやどこにも先輩風を吹かす資格はない。
俊明達の仕事は、行動は二人で一組が鉄則。それを今回は俊明が感情のままに突き進んで、周りに多大な迷惑をかけた。自分も含め、怪我人が出なかっただけでもマシだ。
もちろん、俊明とバディを組まされている福田は誰よりもその煽りをくらったのに違いない。軽く恨まれていたっておかしくもなければ、弁明の余地すらない。
(はいはい、俺は根っからの短絡思考ですよーーっと)
「あの、福田く~~ん? 相当、俺のことを恨みがましく思っているだろうことは分かっている。分かってるよ~~~。だけど、これは何だ。罰ゲームか何かか? 俺はお前にちゃんと詫びを入れただろ?」
「はい、確かに聞かせてもらいましたよ。頭を地にへばりつかせて、土下座だってしてもらいました。だけど、俺はまだ怒っているんですよ。一人で勝手にあんなこと!!」
「あははっ、お前も相当しつこいな。だけど、すまん。本当に悪かったと思ってる。だから、そろそろ許してくれよ」
「なら、話は解決じゃないですか。今日一日くらい俺に付き合えって言ってんです。だから、大人しく付き合って下さいよ!」
「……はぁ、一日っ」
トホホと嘆きたくなる。ちょっとやそっとで解放してくれる気はないらしい。
「それに、堂島さん、分かってます? 先に”償わさせてくれ”と言ったのはアナタですよ! それに、堂島さんは普段からよく言ってますよね? ”男に二言はねぇ”でしたよね? なら、腹を括って、冷めないうちにここのエッグベネディクトを楽しんで下さい。これ、一応、ここのシェフのスペシャリテでもあるんですから」
「………ほう」
「また関心がなさそうに。今や雑誌やテレビ番組でも取り上げられるほど有名なんですよ」
「あぁ、あぁ、分かったよ。大人しく食えば良いんだろ?」
「そうです!」
確かに言われてみれば盛り付けからして、フォトジェニックというのか? 食用花までのっかっていて、女が好みそうな様相をしている。
「ぅっ………。少女趣味すぎて、目がチカチカする。こんな花なんて食えるのか? ああ、俺には無理だ。嘘だと言ってくれ」
「何が嘘ですか。失礼ですよ。大体、今日という日は始まったばかりなんですから、良い加減に覚悟を決めて下さい」
「ううっ…」
涼しい表情して、よくもそんな厳しいことを言う。
俊明はぶつくさ文句を垂れながらも、半熟卵にナイフを突き刺す。すると、中からとろりと黄身が垂れ流れてきた。なかなか旨そうなビジュアルだ。
しかも、一見硬そうに見えたパンも一晩じっくりと卵液に漬け込んであるのか、焼き目も美しいフレンチトーストになっていて、力を入れずとも下までスっとナイフが通った。
その一切れに特製オランデーズソースと添えのベーコン、干しトマトを重ねて一色単に口に放りこんでやれば、いかなオヤジの舌も美味を感じ取った。
(こりゃ、女子供だけでなく、老人や男にも堪らねぇ食くい物だな)
普通フレンチトーストといったら甘いだけが取り柄のようなもんだが、これは甘さも控えめで、食事っぽい具材と混ざっても味が勝ち合わない。
メニューを眺める猶予もなく、福田のヤツが勝手に注文したのだが、なるほど、確かに旨い。
こんな洒落こんだものなど、所詮どんなに高カロリーだろうと腹にはたまらない、駅前のフランチャイズ店の牛丼に勝るものはなしと、決めてかかっていたが違ったようだ。
俊明のご満悦な様子に、福田は鼻高々と頬を緩める。
すると、興味津々にこちらを伺っていた周囲の視線が一斉に気色ばんだ。
(どいつもこいつも……。今、完全に俺達で変な妄想をしただろう? こんなくたびれたオヤジを見て、何をどう転がしたらそうなるんだ!!)
女が寄ったらかしましいばかりなのに、先ほどから傍耳立ててこちら様子を逐一窺っているのだから、鼻白む。
羞恥プレイか?
「お前、やっぱりどう見ても、腹いせだろ? 大体、こんな店に良い大人の男が二人なんていうのは、場違いだ!」
「はいはいはい、何度も聞きました。耳ダコです。堂島さんはそう思ってりゃ良いですけど、悪いのは全部アンタでしょう? 良い加減奢ると言ってるんですから、つべこべ言わずに味わって下さい。これ以上言うと、折角の料理が不味くなります。アナタだって、無闇にここのシェフを悲しませたくはないでしょ?」
「へいへい」
「…って、一口でそんなに! これ、結構な値段がするんですよ。お互いに安月給なんですから、味わって下さい」
「違うだろ。旨いから、がっつくんだろ? 早食いは俺にとっちゃ史上最強の褒め言葉だ」
「まっ、それもそうですね」
「そだそだ」
福田も俊明に負けじとがっつく。
バディを組んだ当初はぶつかってばかりで、史上最強の相性の悪さかと思っていたが、なかなかどうして思っていたよりも馴染んできた。
これでいてお互いにない部分を補っているのかもしれない。ケンケンと遠慮のない言葉を吠え合いながらも、なぜか上手くいっている。
あっという間に皿の中は空っぽになり、今は申し訳無い程度にソースが残るだけだ。一気にアイスカフェラテも飲み干してしまえば、もうここにいる必要はなくなった。
「で、後はどうするんだ? 一日付き合えというからには、予定はまだあるんだろ?」
「ええ、もちろんです! この後、話題の新作映画を見て、少しショッピングモール内をうろついた後、お台場まで出てレインボーブリッジの夜景を見ながらホテルのフレンチディナーです」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
昔は俊明も好きな女にそれを決めようとした。
(…って、一昔前のベタなデートコースじゃないか! 待て待て待て、お前は一体俺をどうしたいんだ?)
周囲の耳は益々ダンボになり、視線が突き刺さる。
(おいっ、完全に勘違いされちまったじゃねぇーか!)
俊明は福田の提案にも周囲の反応にも辟易し、短く切った髪を手荒に掻きむしる。
「ああ、ああ、分かった。俺でデートの下見ってヤツをしようと思うんだな。まっ、お前は若いもんな。頑張れよ」
「何が頑張れですか。きっちりと頂くもんは頂きますますから、お忘れなく!」
「はぁ? どういう意味だ。さっきは奢ると言ったじゃねーか!」
「はいはい、言いましたよ。そこは嘘じゃないですから、安心して奢られておいて下さい。俺は堂島さんから別のものをね、ものらったらそれで良いんですから!!」
福田は意味ありげに自分の胸を拳でぽんぽんと叩く。
(まさかお前はリアルモーホーか?)
周囲からどよめきが上がったのは言うまでもない。
「ほら、行きますよ」
呆気に取られる俊明の腕を取ると、悠々と会計まで進んでいく。
(嘘だろ? 嘘だと言ってくれ。俺は嫁ももらい損ねた三十路過ぎのオッサンだぞ)
この予感が本当なら、福田は相当マニアックな趣味をしている。
俊明もこんな若造に尻を狙われる日が来るとはつゆとも思っていなかった。
(俺は絶対に今の流行りには乗りたくないぞ)
この先訪れるだろう我が身の危険に膝が笑う。
そんな俊明の心情を知ってかどうか、福田はスマートに支払いを済ませると俊明の肩を引き寄せる。
「堂島さん、時間が押してますから行きますよ。ちょいと早足で」
「えっ、おっ、えっ……」
「はい、歩いた!」
「えっ」
福田は声を弾ませ、どんどんと俊明を引っ張っていく。
とんでもない相手に弱味を握らせてしまったと、恐れ慄く俊明だった。
-end-
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