鶯を待つ(包容力×意地っ張り)

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鶯を待つ(包容力×意地っ張り)

BLシェアハウスのリクエスト企画 専用ブック: https://estar.jp/novels/25896189 ******* リクエストお題2 ①雪の降りしきる夜 ②「こんなの、全然寒くないもんっ」「嘘つけ」 ③意地っ張りな受けと、包容力高めの攻めのCP ④コート、手袋 ******* 付け加え設定 幼馴染み、民謡(津軽あいや節)、鶯の根付け *******  墨天井の真ん中から渦巻いて落ちる雪華が、慎也の頬をひっきりなしに叩いていく。肌に当たる度に裂けてしまえといわんばかりに痛み走る。  もうどれくらいの間、視界の利かない暗闇の中を探っているのか。  先程まで白くくぐもっていた息も、もはや凍てつく周囲の空気とさして変わらない。かじかんだ指先も色を失い、不自由に凝り固まっている。  それでも早く見つけなくちゃ……。  見つけられなかったら、失せ物と共に慎也の春も永遠に来てはくれないように思えた。死に物狂いで手を巡らす。 〽アイヤアーナー  アイヤ破れ障子に鶯かいて  寒さこらえて  ソレモヨイヤ 春を待つ  亡き母が慎也にくれた鶯の根付け。陶器製の薄黄緑色のそれは、親指の先くらいの可愛らしいサイズだ。  けれども、その大きさに反して尊い。今では慎也の験担ぎ御守りにもなっていた。それを懐に忍ばせて出場した大会では、気負うことなく等身大の自身や感情を音に乗せられた。いつでも良い演奏ができた。  いわば勝気な癖に内に籠りがちな、慎也の限界突破の御守り。 (見つけなきゃ!!)  茂みを掻き分け、垣根の根元に手を彷徨わせる。 「慎也! お前、そこで何してるんだ? 家に入っていったんじゃなかったのか?」  さっき別れたはずの彰道の登場に、ギクリと身を竦ませる。  お隣の彰道とは同い年ということもあって、幼い頃から家族同然の付き合いをしてきた。  けれども、母が病に倒れた時も、若過ぎる死を遂げた時も、意地っ張りの慎也は己の弱さを彰道にも知られまいと気丈に振る舞った。未だにあの時の哀しみを胸の奥深くにしまい込んでしまっている気がする。  とはいえ、あの時の自分は下手な憐れみはいらない、気を遣わせたくない。寂しく悔しい気持ちは、失った本人にしか分からない。そんな思いとはまた違う、彰道には触れていて欲しいような、触れられたくないような、自分でも折り合いのつかない複雑な感情があった。  それでも当然のように彰道は慎也の近くにいて、いつもと変わらぬ扱いをしてくれるのが、慎也の心の均衡を守る支えだった。  たとえ夜になれば別々の家路に就く間柄とはいえ。  水分を含んだ重い雪の粉がまた慎也の頬を打つ。 「何でもない」 「何でもなくないだろう? こんな暗い雪空で一人……。もう体だってガチガチに冷えきっているじゃないか」 「平気。こんなの、全然寒くないもんっ」 「嘘つけ」  背に大きめの彰道のダッフルコートがかけられた。ずっしりとした重みに、堰を切ったかのように今まで蓋をしていた冷えを感じた。 「体を冷やすな。明日は大会なんだろ? 大事な手もこんなになって……」 「大丈夫。こんなの何でもな……い…………、っ!!」  彰道が慎也の手の甲に唇を押し当てた。  何気ない親愛の仕草。けれども、彰道は近しい人であって他人。  感覚なんてとうになくなっていたはずなのに、柔らかく暖かい感触にそこから一気に甘い蜜が蕩け出ていきそうだった。  それに、痛々しそうに眉をひそめた間から覗く彰道の熱い視線に、身体の芯がゾクリと熱を帯びた。 「っ……」  思わず手を引っ込めようとする慎也に、彰道は憂いを点す。  けれども、彰道は容易に手を逃さまいと大きな掌で多い包み、優しくさすってくれた。色をなくした慎也の手指も、次第に赤々と息を吹き返した。 「慎也、俺も探す」 「えっ……」 「良いから。これからもっと雪が激しくなる。その前に見つけた方が良いだろ? で、何を落とした?」 「……ぅ、うん」  じっと見つめ返してくる彰道から視線を逸らす。  今でも友達だとも家族だともいえないような微妙な間柄だが、紛れもなく誰よりも近しくて大事な存在。  それなのにその庇護にただ甘んじるのではなく、彰道とは常に肩を並べ、対等でありたいとも思っている。  だからこそ、未だに母との思い出に縋る弱さを明かせないでいる。  "この強情っ張りがっ!!"  彰道は言い淀む慎也に小さなため息をついて、表情を軟化させる。 「これでも俺はお前をずっと見てきたんだ。大体のことは分かっているつもりだ。もちろん、意地っ張りなのも、見つかるまで寒い中での無茶も止めないことも。それならなら一緒に探して、できるだけ早く見つけ出した方が最善策だろ。違うか?」 「……うん」 「何を落としたか言いたくないっていうなら、それでも構わない。俺は俺で探す。それに、これだ。受け取れ!!」  彰道が慎也の掌にポポンと何かを置いた。 「お前が納得いくまで、俺も一緒になってとことん探してやる。けど、それでもどうしても見つからなかった時には、明日はこれを代わりに持ってけ!」  慎也が探していたものと同じ鶯の寝付けだった。  ただそれは慎也の始終持ち歩いていたものとは違い、陽の当たらぬ引き出しの中に大切に保管されていたのか、綺麗なままだった。 「子供の頃、お揃いのそれが欲しくて、いつも羨ましそうに眺めていたら、ある時おばさんが同じものを買ってきて、俺にもこっそりくれたんだ」  彰道は罰が悪そうに白状する。 「だけど、そうだからこそ同じだけ。いや、俺からのエールも上乗せしてある分、コイツは強力なまじないだと思うぜ! 一生の秘密にしておくつもりだったけど、お前に渡しておく。そこは感謝しろよ」  慎也の母と彰道との思い出でもある根付けだ。軽んじることはできない。 「ありがとう」 「なら、雪が辺りを覆ってしまう前に見つけるぞ」 「……うん」 〽アイヤアーナー  アイヤ咲いた牡丹の あの艶姿  咲けば万花の ソレモヨイヤ  一となる 〽アイヤアーナー  アイヤ咲いて一なる 牡丹でさえも  冬は(こも)着て  ソレモヨイヤ 寒しのぐ 〽アイヤアーナー  アイヤ浮名立てられ 添わぬも恥よ  二人寄り添う  ソレモヨイヤ 影法師  そこから二人で小一時間。見たところも見ていないところも手分けして探し、結局のところ、思いも依らないところに入り込んでいるのを見つけた。  感極まって鼻の奥がツンと痛めば、目頭から熱い涙がじんわりと溢れてきて困った。 〽アイヤアーナー  アイヤ沖で吹く風 (かしら)が笑う  千両万両を ソレモヨイヤ  運ぶ風  母からの鶯と彰道からの鶯、二つに背を支えられて、鶯はまだかと慎也の調べを奏でる。 d75feaa1-466d-4075-940f-0120ab44860d豆柴ラムネさん https://estar.jp/users/150695565 終わり
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