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堕とし穴(オッサン受け)
三お題:ボタン、嫉妬、麻酔 +おっさん
イケメン×オッサン なんちゃって職業もの
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「冨山雪虎さん、冨山雪虎さん、お目覚めですか?」
冨山雪虎は病院のストレッチャーの上でパチクリと目を覚ました。
まだ部分的に麻酔が効いているのか痛みは全く感じないが、自分の身体に視線を巡らせば、肩から腹にかけては仰々しく包帯が巻かれ、腕に刺さった針へ点滴薬が管を通って規則正しく落ちている。
やけにその点滴薬がヒンヤリと血管内に流れ込んで来るから、自分に起こっただろう大変な現実をまざまざと自覚させられた。
だが、何があってこうなっているのか、そもそも自分はどこの誰なのか、肝心要なことが何一つ思い出せない。
(マジか……、いわゆる記憶喪失というヤツか? 参ったな……)
分かるのは自分が結構なオッサンで、怪我が事故のように広範囲でないこと。アソコの先にチクリと刺された尿道管に異物感がありまくること。それだけだ。
雪虎の意識が戻ったことから医師や看護師から口々に声をかけられ、病棟へと移されたのが朝近く。直ぐから食事が出たらどうしようかと思っていたが、点滴で充分に栄養は足りているのか、あったのは医者からの病状説明。やっとこさ出た昼食も白湯のような重湯だけだった。
それに、大変な目に遭ったとはいえ、既に峠を超えているから面会謝絶ということもなく、しばらくしたところで同僚だと思われる男が病室を訪ねてきた。
それでも案内してきた看護婦によると、「本来なら今日の面会はご家族さんだけなんですけどね」というのだから、雪虎には家族と呼べるものがないのかもしれない。
「雪虎さん、先ほど医師から説明を受けました。記憶を失くしていると聞いたのですが、俺のことが分かりますか?」
「いや、悪い。全然分からん」
目の前の若い同僚は、見るからに肩を落とす。余程、雪虎にコイツの記憶がないことが堪えるらしい。
「そんな…………。篤郎、城崎篤郎ですよ」
大の男のくせに、人前で泣いてしまうのではないかという憔悴ぶりだ。
雪虎の方こそ、そんなどころではなかった。医者から「外傷は大したことがないものの、記憶がないことから脳の見えないところに損傷があって、病状が急変するかもしれない」と脅されて、肝を冷やしているというのに。
それでも目の前の男を元気づけてやる。
「城崎さんか。普段、世話になっているようだが、悪い。全く覚えてねぇんだ。良かったら、俺のことを教えてくれないか?」
すると、目を座らせた篤郎がズズいとこちらに身を寄せてきた。そのまま肉厚的な唇を雪虎のそれにブチュリと熱くお見舞いしてきた。
しかも、ご丁寧に舌入で。
「なっ、お前ぇ!!」
「雪虎さん、薄情ですよ。スッカリ俺のことを忘れているみたいですが、俺は貴方の夫ですよ!」
「へっ…」
「しかも、貴方は俺のことをファーストネームで"篤郎"と呼んでくれてました!」
なんだって? とんだ爆弾発言が出てきた。
耳を疑いたくなるそれだが、目の前の若い男は至って真剣だ。
「そうか、夫婦か……。って、お前と俺とじゃ、男同士じゃないか!! しかも、年も離れてりゃぁ、こんな薄汚れたオッサンの俺がお前のようなイケメンを捕まえられるとは、普通思わねぇぞ。俺の記憶がないからって、お前はからかっているのか? 手の込んだことまでしても、そんな子供じみた嘘に俺は騙されんぞ!」
イケメンから、ブチッとこめかみの切れる音がした。
「何言ってるんですか! 四角四面な俺が、なんでそんな冗談を言わなきゃいけないんです!!」
「いや、どう考えても冗談だろう?」
「貴方のやや節操なしのところがたまに傷ですが、俺たちはみんなも羨む"おしどり夫婦"だったんですよ」
マジか。これが本当なら、俺とコイツとが夫婦だということも、周知の事実のようだ。
それに、先ほどのキスにコイツからの愛情を感じなかったわけではない。
「夫婦なのは分かった。分かったから、少し落ち着いてくれ」
大怪我をしたのが愛する妻というなら、落ち着けというのも無理な話かもしれないが、無理のあり過ぎる話に未だに半信半疑だ。
「なら、俺とお前とが夫婦だとして、一つ聞いておきたいことがあるんだが、俺はその……、お前を抱いていたのか?」
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