堕とし穴(オッサン受け)

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 目の前の長身で若い美丈夫を見ても、とんと抱きたいという気持ちに繋がらない。  それでも、男の矜持(きょうじ)がかかっている。確かめずにはいられなかった。 「俺が抱かれていたと言ったら、雪虎さん、信じます? 今、俺を見て、抱きたいと思いましたか?」 「い、いやぁ…………、悪い。全くだ」  真摯に語るコイツに対して記憶を失くしている自分が何だか後ろめたくなる。背中から滝のような汗が噴き出てきた。 「でしょうね。抱かれていたのは貴方ですから!」  半分くらいは予測していたことだが、その真実は途轍もない衝撃だった。 「へぇっ……、おおおお、俺がか? お前も相当な物好きだな」 「何言ってるんですか! そんなことを言って、離してくれないのはいつも貴方の方でしょう? 一旦咥え込んだら、若い俺がヘトヘトになる淫乱ぷりを見せる癖に。なんなら今直ぐにでも下の口に聞いてみますか? いつものようによ~~く応えてくれると思いますけどね!」  この病室でいたそうというのか?  触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのかもしれない。青ざめ、気持ちだけは後退りする。  そんな雪虎の前に、篤郎は薄汚れ血に染ったシャツを取り出した。それはボタン(・・・)も吹っ飛んで見るも無残だ。 「これが何だか分かります? 貴方が身に付けていた服ですよ」 「ひでぇ有り様だな」 「そうですよ。貴方は俺の前で撃たれたんですよ。幸い弾筋が逸れて致命傷を追わずに済みましたが、そのせいで床に倒れこんで頭を強打したんです。普段は殺しても死にそうにもないのに、意識まで失くして……。俺がどんなに心配したか分かっていますか?」  それは確かに記憶も失くなるはずだ。 「あぁ、悪かった。お前には心配をかけた」 「分かれば良いです。それに記憶は失くしていても、命はありましたから、このまま何事もなければそれで十分です!」 「だな。幸い肩の筋も傷つかなかったみたいだしな。後遺症も残らないだろうっていう話だ」 「ええ、貴方にはつくづく強力な悪運がついているようです。だから、記憶の方は退院したら貴方の身体をじっくりと開いて、俺のことを思い出していってもらいます。傷口が癒着しないためにも程度な運動が必要だそうですしね!」 「っ…」  コイツは今、サラッととんでもない宣言をしたな。 「身体を開いてか……」 「そうです。貴方の感度なら、きっと直ぐに良くなるはずですし、俺のことも思い出すことでしょう」 「いや、感度はどうでも…………」  そんなことまで試みて、果たして記憶が戻るものなのだろうか。それに、俺の身体は本当にコイツを覚えているものなのだろうか。  そもそもな話、俺はノンケだったのだろうか。コイツでなくとも、男が好きだったとしたら目も当てられない。 「何げんなりとしてるんです? だけど、気になっているようだから教えてあげますけど、貴方は男も女も見境いなく寝るような人ではなかったです。悦んで身を任せてくれるのは俺だけです。貴方の心は俺にありましたから」 「そうか、見境いなくやるヤツでなくて良かっ……」 「良くないですよ。吸引体質なんですから。今回もノコノコと事件に巻きこまれて、もう直ぐでモブに回されるところだったんですからね! こっちは我慢汁垂らしてアソコの口を緩ませている貴方を見て、目一杯嫉妬(・・)しているんですから!! 帰った時には覚悟しておいて下さいね」 「っ…」  喧喧囂囂(けんけんごうごう)と吠えられるならまだ良いが、やけに冷え冷えとした篤郎の口調に、肝の底まで冷えた。  だが、篤郎(ヤツ)が帰って行ってから気づいた。肝心な雪虎の職業やら正確な年齢、住所といった基本的な情報を一切聞いていないということに。  夫宣言には度肝を抜かれたが、篤郎ももっと他に説明することがあったと思う。  だからこそ、これが雪虎との関係を進めようとしていた篤郎の策略だとは、記憶を取り戻すまで露とも知らず。それでも記憶を取り戻した頃には身も心も絆されてしまい、戻るに戻れなくなった四十路一歩手前の冬だった。 END
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