サウダージ

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 月曜の朝は憂鬱だ。特にじめじめした雨の朝はひどい。それでなくとも酷い気分だった。  デスクについてパソコンを立ち上げる。メールを確認している目の端に綾瀬を見つけてさらに気が重くなる。そちらに気をやらないようにメールを返していると、誰かが前に立った。顔を上げると、金曜の飲み会で一緒だった部下の一人だった。 「本郷さん、金曜日は大丈夫でしたか?すごい飲まされてましたけど」  なぜこのタイミングで、なんて目の前の彼女にいっても仕方がない。笑顔でコーヒーを置いてくれる彼女にどうにか笑顔を作って答えるのが精一杯だった。  やめようと思って順調に減ってきていた煙草に、今日何度目かの火を点けた。喫煙所に他に誰もいなかった。ほんの僅かのストレスに負けて、朝のコンビニで新聞と煙草を買った自分の弱さに嫌気が差す。 「本郷、さん」  あの日、ギリギリのところでとどまることが出来たのは理性の力ではなく、綾瀬が俺の名を呼んだからだった。それがなければとりかえしのつかないほど傷つけていたかもしれない。それほどに追い詰められているという自覚がなかった。  とにかく、目をかけている部下ではあった。仕事はそつなくこなすのに人付き合いが下手で、営業職としては致命的な無愛想。そんな器用なのに不器用な彼がかわいくて仕方なかった。  そしていつからだろうか、止められないほどの感情に代わったのは。  まだまだ新人だった頃の綾瀬を思い出してため息をついていると、隣に無遠慮に人が座った。 「お前、やめるんじゃなかったのかよ」  同期の真島が煙を吐き出しながら言った。真島は若くして企画部の部長をしていて、味方も多いが敵も多い。禁煙すると言っていたわりに結局この喫煙所で顔を合わすのはお互い様だ。 「ストレス社会に負けたよ」  真島がばかだねと笑う。本当に馬鹿なのは煙草をやめられないことではないけれど。  喫煙所からみえる休憩室に見つけた彼をぼんやりと目で追って、今日何度目かのため息とともに煙を吐き出した。
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