サウダージ

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 目を覚ますとそこは見慣れたベッドで、それなのにどこか違和感があった。探らずともすぐに突き止められた違和感の正体は香りとして残っていた。あの人の香りが淡く残るベッドで目を閉じると、昨日の出来事を反芻する。  唇に触れる柔らかな感触に目が覚ますと、焦点の合わないほど近くに人がいて、それが誰かわからないほどには寝ぼけてはいなかった。  唇を食まれて開かれる。熱い舌が入って、絡めとられて唾液を飲む。左手がやんわりと拘束されていて動けない。息苦しさに自由な方の手ですぐ近くにあるものを掴んだら、それは本郷さんのワイシャツだった。合間に漏れる息遣いに煽られて名前を呼ぶ。 「本郷、さん」  見上げた顔が滲んでいて、俺は目を擦った。何がどうなってこんなことになったのかわからなかった。本郷さんはこんなことをする人じゃないはずなのに。  混乱する頭で見つめていると、俺を見下ろしていた本郷さんが口を開いた。 「ごめん、綾瀬」  俺がめっぽう弱い、困ったような笑顔で囁かれて。 「とめられない」  どうしてもあの人を拒めなかった。  俺はこの人が好きなのだろうか。地肌を滑る熱い掌に感じる金属の冷たさ。それを感じても熱は冷めず増すばかりの体に理性が効かなかった。応えるように手を伸ばして頰に触れる。  唇が離れて、視線が合う。 「本郷さん…」 「ごめん、本当にごめん」  困ったような、苦しそうな顔で俺の髪を梳く。その手つきがあまりに優しくて、なぜか泣きそうになる。 「好きなんだ綾瀬」  こんなはずじゃなかったのにと、呟いた声が今も耳に残っていた。
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