動物たちの虎落笛

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 小さくて、武骨な形の笛だった。それが今、私の手の中に遺されている。数年前に山で行方不明になった大叔父の金雪が作った笛だ。  笛のそばには「香苗に」と私の名前が書かれた紙が置かれていたのだという。当初はまだ生きていると信じていた親類は私にその笛を隠し続けていたが、行方不明のまま年月は流れてしまった。それで私は、とうとう大叔父の生存をあきらめてしまった人たちにそれを渡されたのだった。  大叔父は生涯独身だった。したがって子どもも孫もいなかったけれど、たまに会う金雪のことを、私は「おじいちゃん」と呼んでいた。大叔父、などという続柄を理解できなかったに過ぎないのだけれど、金雪はその呼び方にも返事をしてくれた。愛想はあまり、なかったけれど。  数年越しに私の手元にやってきた笛を、金雪の暮らした家で眺める。山は静かで、他には誰もいなかった。  奏でかたもよく分からない、手作りの笛。片手のひらに収まるほどのその小さな笛を、感触を確かめるように掌中で転がした。  この笛を金雪が大事にしていたことは知っている。むかし、ほんの一時期だけ一緒に暮らしていたことがあるから。  口に咥えて、笛に呼気を吹き込んだ大叔父の姿を思い出す。  ――虎落笛だよ。  そう言っていた、あの冬の日。  冬に吹く強い風が、金雪が山の中に構えた家の古びた柵に当たって鳴っていた。二人きりの冬のあの日。  金雪の咥えた笛からは、外の風の起こす音に似た、びょうと激しく高い音がした。  柵を通るあの風の音を虎落笛と呼ぶのだと教えた金雪は、自分の持つ笛を指して「これももがり笛だ」と私に教えた。  この世にあったいのちを見送る時に吹く笛だと、そう言っていた。
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