小さい方の彼

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小さい方の彼

 目の前で、猫がなんだかいい顔で笑っている。もちろんそれは寝ぼけた僕の妄想ではなくて、Tシャツにプリントされたキャラクター化した猫の顔だ。 (今日はネコか)  通勤ラッシュの人混みはいつだってすごくて、いつものまれそうになる。満員電車は背の低い僕にとって、本当に本当に息苦しいものだった。  少し前までは。 (昨日はリアルなタコだったなあ)  僕はドアよりの壁に背を向けて立っていて、すぐ前には大学生くらいの男の子が立っている。彼は、僕の丁度目線にTシャツの胸の絵がくるくらいだから、かなり背が高い。顔はよく見てないからわからないけれど、いつも着ている服はとても個性的でお洒落だ。美術系の学生なのか、よく大きなスケッチブックを持っていた。 (明日は何かなあTシャツ)  彼はちょうど僕の顔の横に腕をついていて、うまい具合に人の波をせき止めている。近頃ではいつもそんなふうだから、最近の僕はあまり苦しい思いをしていないのだ。そしてTシャツが素敵で、彼は僕のオアシスになっている。  と、急に。 「わあ」  体がぐらりと揺れた。と思ったらいい顔で笑う猫にキスをした。 「大丈夫ですか」  声に顔を上げると、くるくるの髪をした黒縁メガネの、服装と同じでやっぱりかっこいいというよりは個性的な顔がこちらを見下ろしていた。どうやら僕は彼の胸に飛び込んでしまったらしい。  とても恥ずかしい。 「だ、大丈夫です」  慌て過ぎてどもってしまった。とりあえずお礼を言わなければ。 「いつもありがとう」  僕のありがとうに、いかついのにお洒落な眼鏡の奥で目が優しく細まった気がして、なぜだか少しだけ気恥ずかしくなった僕は目を伏せた。
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