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ヒールを高く鳴らす
白地に青のストライプのシャツの上に赤のカーディガンを重ねて、下はワークパンツ。光沢のある皮の足首丈のブーツ、インディゴのボディバッグ。そしてお洒落な黒ぶち眼鏡。
「おはようございます」
「あ、おはよう国分くん」
かっこいい!……って感じの顔で見てますねサラリーマンのお兄さん。隣に座った学生くんをはにかんだ顔で見上げている。
「私服、かっこいいですね」
黒いタイトなセーターにデニムを合わせているサラリーマンのお兄さんは大人カジュアルな感じなのに、学生くんの言葉にわたわたしていて台無し。
「あ、晴れてよかったね」
「本当ですね」
うららかな土曜日の朝10時。電車の中は比較的空いていて、親子連れや若い女の子たち、老夫婦がまばらに座っている。私はといえばこの行楽日和に仕事。やる気しないなあなんて思っていたら彼らに鉢合わせた。
「先月オープンだったから多分空いてるんじゃないかな」
「ああなんかニュースで見た気がします」
「行ってみたかったんだけど一人で行くのもちょっとなと思ってて」
「好きなんですか?水族館」
こくりと頷いたサラリーマンのお兄さんに、学生くんが締まりのない顔を見せる。なるほどあれか、初デートか。
三日ぐらい前に手を引いて改札に向かう学生くんとサラリーマンのお兄さんを見た。電車内で彼らの話を聞いて以来、背中を押してみたりと二人を(勝手に)見守ってきた私としてはこれはやる気ですね学生くんと思っていたのだが、案の定うまくやったようだ。
「お昼ご飯食べてからでいいですよね」
「うん、あの」
「何か食べたいものあります?」
「あのさ、実は僕、あの」
サラリーマンのお兄さんが脇に置いていたカバンを膝に乗せた。もしやそれは、
「お弁当作ってきたんだけど……」
まさかのお弁当男子か。男は胃袋を掴め的なあれですか。クリティカルヒットですよね。
「食べる?」
「当然です」
クリティカルヒットです。
「三浦さんは料理するんですか?」
「たいしたものはできないけど。なんか男の料理みたいながさつなやつしか」
「俺は一人暮しですけどコンビニ弁当とかばっかですよ」
「だめだよちゃんと食べないと体によくありません」
「作りに来てくれますか?」
「簡単なのしかできないけどそれでよければ」
「じゃあ今日の夜ご飯は決まりですね」
にっこり笑う学生くん。なるほどそのままいけるとこまで行っちゃおうという作戦ですね。
「え、あ、はい」
「うち何にもないんで帰りにスーパー寄って帰りましょうね」
あーあ押し切っちゃった。
そうこうしているうちに駅に着いた電車が止まって、私は慌てて降りる。窓越しに見た二人は何かを耳打ちして笑い合っていた。
なんやかやで自宅に連れ込む約束までとりつけた肉食男子の学生くんと始終幸せそうな笑顔を振りまいていたサラリーマンのお兄さんの今日一日がものすごく気になるけどとりあえず。
「彼氏ほしいぜちくしょう」
なんて思ってることはおくびにもださず、私は一際高くヒールを鳴らして駅を出た。
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