眼鏡屋の店員が見たこと

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眼鏡屋の店員が見たこと

「どう思います?」 「すごくよく似合う」  一歩後ろに下がってからミウラさんは背の高いコクブンくんを見上げると、力強く言った。納得したように何度もうんうんと頷いている。 「どれが一番似合ってました?」 「うーん……どれもすごく似合ってたしな」 「三浦さんが一番似合うと思ったやつにします」 「え、それは……困ったな」  腕を組んで悩ましげに唸るミウラさんを、何かむず痒くなるような顔で見ているコクブンくんは、かっこいいとは言い難いけれど印象的な顔立ちで、少し長めの黒髪は緩く波打っている。サルエルパンツにヴィンテージらしいライダースジャケットを合わせて、下に重ねるキャラクターの描かれたラフなTシャツもオシャレに着こなす彼には、確かに派手めな色もいかついフレームもよく似合っている。似合ってはいるが、 「国分くんはどれもほんっとに似合ってて、選べないよ」  公衆の面前でいちゃつくのはやめていただきたい。  私が勤めるこの眼鏡店は、ファッションビルのメンズフロアにある。デザインを重視した若者向けの店で、フレームもかなりの種類を置いているが、近頃はおしゃれな中高年のおじさまが老眼鏡を買いに来るなどなかなか客層は広い。かく言う私も視力は2.0だがこの店の眼鏡を伊達でかけている。  さて、この眼鏡店に彼らがやって来たのはかれこれ30分くらい前のことである。かたや背は低く童顔ではあるが、シンプルな黒色のセーターを着たなんとなく落ち着いた雰囲気の男、もう片方は先にも述べたかなり偏ったファッションではあるがそれがなんともよく似合う男。  二人は店頭に並んだ眼鏡を一つずつ試着していて、店員たる私は、声を掛けるタイミングを計りながら二人を見ていた。 「これなんかどうかな」 「俺、眼鏡外すとよく見えないんで、三浦さん選んでください」 「そんなに悪いの?コンタクトにした方が楽なんじゃないかな」 「入れたことありますけど、好きじゃないんですよね」 「わからなくはないけど」  紫と黄色がマーブルになった変わったフレームを手渡しながらミウラさんが言う。ちなみに名前は彼らの会話から知った。 「三浦さんはコンタクトでしたよね」 「うん。僕は眼鏡が似合わなくて」 「そうですか?これなんか似合いそうですけど」  コクブンくんが細いフレームの眼鏡をミウラさんに掛ける。その手つきがなんとも優しげで、なぜだか私は少し恥ずかしくなる。彼らの関係は一体なんだ。 「やっぱり似合わないよ」 「そうですか?これとか」 「全然、似合ってない!もー国分くん、僕で遊んでるな?」 「そんなことないですよ」  笑った顔もコクブンくんのそれはなんだかそう、とてもいとおしげでますます彼らの関係がわからなくなる。  どうやら年上らしいミウラさんの年齢は全く不詳だ。接客業をしているから結構年齢当ては得意な方だが、20代前半かなと思うと大人っぽく見えるし、かと言ってそれほど歳がいっているようには見えない。会社の先輩だろうかと思うが、コクブンくんはとても普通の会社員には見えないし、ミウラさんも学生とは思えない。 「あの」  私が彼らの関係を考察しいると「すみません」と強めに声をかけられて、ようやく私はそのミウラさんが目の前に立っていることに気がついた。慌てて眼鏡屋の店員の態度を取り繕う。 「申し訳ございません。どういったご用件でしょうか」 「このフレームはこの色しかないんでしょうか」  彼が差し出したのは、レンズの部分が大きく四角い形をしたものだった。一見黒色をしているが、よく見ると緑色や黄色が混ざり合っている。 「申し訳ありませんが、お色は店頭に並んでいる物しかございません」 「そうですか、ありがとうございます」  律儀に頭を下げた彼は少し離れたところにいたコクブンくんのところに戻っていく。私ははっとして、彼らに近づいた。今が声を掛けるチャンスではないかと。 「どのようなものをお探しですか?」  二人がこちらを振り返る。ミウラさんはやや驚いた顔で、そしてコクブンくんは眉を寄せて私を見た。 「えっと、彼のなんですけど。今は黒縁の眼鏡なので少し違うものを」 「大きめのものがいいですか?」 「はあ、まあ」  コクブンくんの気のなさそうな返事に私は内心で首を傾げる。もちろん、こんなふうに愛想の悪い客がいないわけではない。正直に言えば腹が立つこともある。しかしどちらかといえば先ほどまでミウラさんと話していた時の彼と違いすぎることの方が気になる。 「こちらはどうでしょうか」  私は辺りを見渡して、そばにあったものを一つ取り上げミウラさんに渡した。彼が今掛けている大きめのフレームよりもやや細く、レンズも縦の幅が狭いため、少し大人っぽい印象になる。色も抑え気味で深いネイビー。 「これいいかも。掛けてみて」  ミウラさんが渡された眼鏡をコクブンくんに向けた。すると背の高い彼は少しかがんで、ミウラさんに顔を向ける。ミウラさんは少し躊躇って……というよりはにかんでコクブンくんに眼鏡を掛けた。 「うわ」 「すごくよくお似合いですよ」  「お似合いです」とは仕事上よく使う言葉だけれど、これは本当によく似合っていると思った。事実、ミウラさんはキラキラした目でコクブンくんを見上げている。まるで恋してるような…… 「どう思います?」 「すごくよく似合う」  一歩後ろに下がってからミウラさんは背の高いコクブンくんを見上げて笑った。 「どれが一番似合ってました?」 「うーん……どれもすごく似合ってたしな」 「三浦さんが一番似合うと思ったやつにします」 「え、それは……困ったな。国分くんはどれもほんっとに似合ってて、選べないよ」  あ、なんかわかった。よくわからないけどわかった気がする。多分、正解。 「でもその眼鏡が一番似合ってる。その、一番」  かっこいい。  なるほどそういうことなのだ。この真面目で実直そうなミウラさんと、アバンギャルドなコクブンくんは。 「じゃあこれにします」  ものすごくいい笑顔で言ったコクブンくんが、眼鏡を外して手渡してきた。私はそれを静かに受け取って邪魔にならないようにお店の受け付けカウンターへ回る。 「でも本当にどれも似合ったんだよ?」 「わかりましたって」 「今のも充分似合ってるし、かっこいいんだけどな」 「三浦さんは優しすぎます」 「本当に本当だってば」  あーはいはい、わかりました。あれですね?恋人なんですね?もうわかったからこれ以上お店でいちゃつくのはやめてください。私が昨日カレシとケンカしたこと知ってるのかしら。 「なんだかちょっと腹が立つな」  こっそりと呟いた声はもちろん誰にも届くことはない。さっき私が声を掛けたのも邪魔だったんですよね。はいはい、わかりましたよ。 「ではこちらへどうぞ」  なーんて思っていることなどおくびにも出さずに、私は店員として最高の笑顔を二人に向けた。
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