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でかいほうのやつ
今日も俺は左巻きの旋毛を見ている。いや正確に言うならば、見下ろしている。というか旋毛なんて大体上からしか見ないんだから普通言うまでもなく見下ろしているんだろうが。
そんなことはどうでもよくて。
満員御礼の電車がカーブしたのに合わせて背中に体重がかかる。俺はそれをできるだけ前に影響しないように力をいれた。そして少しだけ前に傾いて左巻きの旋毛に近づく。
(ああ、なんかいい匂いがする)
俺は割と背が高いから満員電車でも頭ひとつ飛び抜けて息苦しくはない。女にはよく「個性的でいいよね」と、微妙な評価を頂く俺は背が高いことで少し得している。まあ女にモテても別に嬉しくはないのだが。
ついでに言うと好みのタイプは俺より若干低いぐらいの身長でがっしりした、男。
なのだが。
(恋愛って相対的)
電車で毎日見かける小柄なサラリーマン。俺は毎日彼の前に立ち、彼の顔の辺りに腕をついて、彼を囲うように立っている。まるで口説くように。
最近やたらラブソングを聞いてしまう。
(我ながらわかりやすい)
なんだろうかこのなでまわしたいような、虐めたいような狂暴な感情。恋人同士のような体勢で俺は最近その衝動に耐える快感に悶えている。
と、急に。
「うわあ」
彼が倒れこんできて。
なんだこの最高のシチュエーションもうこれはチャンスの神様の加護としか思えない時代は草食系男子なんていってるが、はん、ちゃんちゃらおかしい男はみんなケダモノだっつーの。
「大丈夫ですか」
オトし用の声で彼の耳に囁くと、いつも見ていた旋毛が向こうに落ちていく。
あ、まつ毛、薄。
「大丈夫です」
上目遣い。威力が半端ねえ。
「いつもありがとう」
俺は今この場で抱き締めたい衝動をなんとか抑え、全ての力をもってして最高の紳士的な笑みを浮かべた。
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