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そして彼に戻る
すごくハンサムな犬を追いかけている。正確に言えばハンサムな犬の顔がプリントされたTシャツの広い背中を。
急に僕の腕を掴んだ国分くんは、駅に着いた途端に僕の腕を引いたまま電車を降りた。降りる駅はここじゃないはずなのに国分くんは僕の腕を引いてすいすいと進んで行く。こんなに速くこの人混みを歩けたのは初めてかもしれない。
「え、三浦さん?」
樋川くんの声に振り返るけれど、声をかける間もなく人混みに紛れてしまった。振り返った拍子に若いOLさんと目が合ってウインクされる。確か彼女は前に僕が電車を降り損ねたときの女の子だ。彼女に押されて降りられなかったのだ。しかも国分くんに抱きついちゃってすごく恥ずかしい思いをした。今思い出しても恥ずかしい。
ぐんぐんといろんな人を追い抜いて改札を抜けるものだから僕は慌てて定期券を出す。息が苦しい。
「こ、国分くん」
僕が息を切らして呼ぶと、国分くんはようやく立ち止まった。朝のラッシュ時、僕らのまわりをたくさんの人が足早に過ぎていく。
「すみませんでした。大丈夫ですか?」
背の高い国分くんが申し訳なさそうに覗き込んでくる。僕は息を整えて彼を見上げた。
「いや全然、大丈夫。ただちょっと、もういい歳だから」
もう三十だし。しかも足の長さが違うし。それに、
「それに国分くんが僕の腕を掴むから。心臓がドキドキしちゃって」
中学生か、って雨宮主任には言われそうだけど。国分くんに触れられるとそこから熱があがってどうしようもなくなる。
「三浦さんは、本当に」
国分くんが困った顔で笑う。初めて見る、そんな顔も好きだなあと思う。
「なんでもかんでも聞いても怒らない優しいとことか、年寄りに席を譲るように注意できるちゃんとしたとことか、考えるとき上着の裾いじるくせとか、見上げてくる顔とか、どうでもいい俺の話をきいてくれる真面目なとことか、ちょっと天然なとこも、つうかもう全部なんですけど」
国分くんが真っ直ぐに僕を見ている。その顔は真剣で。かっこいい。
「三浦さんが好きです。俺と付き合ってください」
心臓が早鐘のように鳴っている。制服の女の子が僕らを振り返っていった。たくさんの人が行き交うこんな場所で何をしてるんだろう、なんて思うけどなぜだか全然気にならない。恋は魔法だ。
「僕も」
告白するってこんなに、こんな感じだったかな。照れ臭いのに楽しい。
どんなに酷い満員電車でも乗るのが楽しみだったのは国分くんに会えるからだ。明日も明後日も、電車を降りても。もっともっと君に会いたい。君のことが、
「大好きです」
恋は、始まったばかりだ!
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