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王が寵姫を囲っていようが、統治者として優秀ならば人間性なんてどうでもいい。あいつの素行になんて興味は無いし、このクレアノール王国がどうなろうと俺には関係無い。
だが、セイリーズが大事に仕舞い込んでいるその女が、俺が会いたいその女性だったら? ……俺は冷静で居られる自信が無い。
アスタヘルは否定していたけれど、二人が特別な関係であったことは明らかだ。
セイリーズのことを話すアスタヘルは、初恋の苦さに戸惑う乙女のような顔をする。俺はその顔を見る度に胸が締め付けられて、その唇からあの男の名が溢れるのが憎らしくて。あの男の前でも同じ顔をするのかと思うと、胃が灼けついて腹から腐り落ちるような嫉妬に苛まれた。
だからだろうか? アスタヘルの手紙の中に、セイリーズの話が一度も無かったことに気付いてしまったのは。今までのアスタヘルを思えば不自然に思えた。
――真実を確かめる必要がある。
***
月光が青白く照らす王城の中庭に、ゆらゆらと夢見るように白薔薇が揺蕩う。ティーカップのようにころんとした形の花は海月に似ている。暗澹の海を漂う海月の群れをかき分けて進むと、鬱蒼と繁る草木の奥に目的の古塔が現れた。
月落ちる森の神話を知った時から、月神の元から月女神を奪った太陽神に、何の罰も与えられないのは納得がいかなかった。
母神ユリアネスに似て生まれた最も美しき神、クリアネル。いつでも正しく公平な正義の守護神。誰からも愛され必要とされる太陽の化身。
生まれた時から闇の中で生きることを強いられ、見捨てられる者たちの痛みなど、永遠に知ることはないだろう。
「昏く静かに燃える愛など存在すら許さないその傲慢な光……いい加減、鬱陶しいんだよ!!」
振り向けば、月明かりを厭うように白薔薇が揺れている。波に揺られる海月の海に、灯台のように静かに佇む黒影。喪服のような黒の礼装に黒いレースのヴェールを被ったその姿は、塔に出ると云う亡霊のようだった。
「そこにアスタヘルは居ないよ」
風に煽られたヴェールから端正な口元が覗く。淡々と告げるその声音にも、白い面に浮かぶ古拙な微笑みにも、何の感情も感じられず、得体の知れない寒気が背筋を駆け抜けた。
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