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 だが、その数分があればエリオットには充分だった。  オリオンがハティに気を取られている間に、エリオットはオリオンの背後に近付き、再度眠りの魔法を構築する。オリオンは魔法の気配に慌ててハティの首から牙を離したが、既に魔法は完成していた。  自由になったハティがしつこくオリオンに組み付き、床に押し付けて動きを封じる。牙を剥き激しく抵抗するオリオンの頭にそっと手を置くと、エリオットは悲しげに微笑んだ。 「おやすみオリオン。君は充分に義理を果たした。悪いのは全部私だから、私を恨みなさい。君の大事な兄弟は必ず取り戻すよ。だから今は安心しておやすみ」  悔しげに唸っていたオリオンだったが、月女神に触れられ、直接体に魔力を流されては抵抗できなかった。次第に瞼が下がって足元から崩れるようにころんと横になる。のしかかっていたハティが退いても、暴れ出す気配は無かった。  オリオンが眠ったのを確認して、ホッと一息ついたエリオットの背中に、ハティがすりすりと身体を擦り付けてくる。 「ハティ! 怪我は……無さそうだね。良かった」  ハティの首には魔物の黒い血がベッタリ付いていたが、ハティ自身の血ではないようだ。もっふりとした首周りの毛が鎧代わりとなったらしい。  待てよ。今背中に擦り付いていなかったか……? 上着のクリーニング代をざっと計算して真っ青になるエリオットの前で、ハティはピンク色の舌を垂らして目を細める。笑っているようだ。 「染み抜きは後でレグルスに相談するか……。――さて、最後の大仕事が待っている。もう少し手伝ってくれるかい?」  わふっ! と一声吠えて、ハティはぶんぶん尻尾を振った。
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