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「……――セラ、試験はどうだった?」
「……あ、えっ?」
遠ざかっていた周囲の喧噪が戻ってきて、鼓動を忘れていた心臓が跳ねた。見つめあうトキメキなんて可愛らしいものではなく、見てはいけないものを見てしまった罪悪感のような不快な何かが喉に詰まる。
一瞬何を言われたのか分からず、答えに窮する私を見て、アルは困ったように笑った。
「芳しくなかった? 補習になりそうなら、先生に連絡して予定をずらしてもらわないとね」
「あ、いや大丈夫……。ちょっと、寝不足でぼうっとしてただけ。ああ! そうだ、みんなと待ち合わせしてるんだった! 訓練場にも行かないといけないし。ごめん、先に行くね!」
鞄を手に取り席を立つと、アルは名残惜しそうに私の手を取って指に口付ける。
「……うん。待ってるよ。いつもの場所で」
風が木漏れ日を散らす。逆光の中、影が揺れる。
こちらを見上げる彼の眼が光ったように見えて、私は慌てて目を逸らした。触れられた手を抱きしめて、逃げるように教室を出た。
どうして? いつから?
私の恋人は、様子がおかしい。
***
「いつものことじゃないの」
ドスッと音がしそうな勢いでホールケーキにナイフを入れたのはアンジェリカだ。アルファルドを含むセシル家の話になると、決まって赤い巻毛がゆらゆらと逆立つ。二人は未だに犬猿の仲らしい。どっちが犬で猿なのかなんて、考えてはいけない。
騎士科の実技試験が無い代わりに、家政科は作品や課題を提出する。お菓子作りが得意なアンジェリカは三段重ねのケーキを提出して見た目、味ともに満点で合格したのだが、採点が終わった後のことは考えていなかったらしい。
『夏までに痩せようと思って食事制限していたのに、こんなに食べたら元に戻っちゃうわ! 助けると思って食べに来てー!』との救援要請を受けて、いつものメンバーが喜び勇んで集合したってわけだ。
「むしろ変じゃなかったことなんてあった?」
アンジェリカの隣でティーカップに紅茶を注ぎながらバッサリと斬り捨てたのは、最近『ワケあり女子会』のメンバーに加わったラヴィアである。
ラヴィアは魔法薬学科なので課題の調合薬を提出して合格を貰ったらしい。母親の後を追って同じ道を邁進している才女だ。
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